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【新興ASIAウォッチ/第132回】ついに始動!インドネシアの新首都ヌサンタラ

新首都は「未来を切り開くキャンバス」

インドネシアの新首都「ヌサンタラ」が、8月17日に始動した。この日、ジャカルタと同時に開かれた独立記念日の祝典に、ジョコ・ウィドド大統領とプラボウォ・スビアント次期大統領が並んで出席し、新しく建設される大統領宮殿の前の広場に国旗が掲揚された。そして、恒例の軍や警察によるパレードが行われた。

新首都ヌサンタラの建設は、ジョコ大統領の悲願である。ジョコ大統領は、この10月に退任することになっており、その前までになんとしても新首都を内外に披露したいとしてきた。そのため、式典の数日前には新首都での初めての閣議も開かれ、その席で、ジョコ大統領は、次のように述べた。

「新首都ヌサンタラは、われわれが未来を切り開くキャンバスだ。すべての国がゼロから新しい首都を建設する機会や能力を持っているわけではない」

しかし、まだこのキャンパスにはどんな絵が描かれるかはっきりしていない。秋には国家公務員らの移住が始まる予定となっているが、各官庁の正式移転の見通しは立っていない。また、なによりも問題となっているのが、この巨大プロジェクトに十分な資金が集まるかどうかである。

懸念される資金難と後継首相の本気度

ヌサンタラへの正式な首都移転は、2045年と設定されている。かなりの長期計画である。インドネシア政府は、新首都建設の総工費を446兆ルピア(約4兆4000億円)と見積もり、その8割を民間や外国からの投資などでまかなう計画である。しかし、いまのところ、十分な投資の表明は出ておらず、首都建設はまだ15%ほどしか完成していない。

もう一つ懸念されているのが、次期大統領のプラボウォ氏が、ジョコ大統領の悲願をそのまま本気で引き継ぐかどうかである。インドネシア政治を長年取材してきた記者は、「プラボウォ氏はジョコ大統領の路線継承訴えて選挙で圧勝したが、もともとは保守色が強い政治家。しかも72才と高齢なので、首都移転の予算を削る可能性もある」と言う。

ヌサンタラでの祝典の後、プラボウォ氏は記者団に対し、「少なくとも私はこの首都移転プロジェクトを継続し、可能であれば完成させる」と述べてはいるが…。

なぜジャカルタから首都を移転させるのか?

新首都ヌサンタラは、インドネシアの現在の首都ジャカルタから約1,200km離れたカリマンタン島の東カリマンタン州にある。なぜ、こんなところに、ジョコ大統領は首都を移そうとしたのだろうか?

ジャワ島の北西部チリウン川の河口に位置するインドネシアの首都ジャカルタは、人口約1,060万人、郊外人口を加えると約3,000万人という、世界でも最大規模の都市圏である。しかし、ジャカルタ市内の約40%は海面以下に位置し、水害には圧倒的に弱いというウィークポイントを持っている。

これまでジャカルタは何度も水害に見舞われてきたが、それに追い打ちをかけているのが地球温暖化である。地下水をくみ上げ過ぎたことによる地盤沈下と、温暖化による海面上昇と豪雨が重なり、近年は大洪水が度々起こっている。とくに2020年1月の大洪水では、80人もの死者を出した。

現在、地盤沈下のペースは年間最大で約15cmにも達し、専門家はこのまま行くと2050年までにジャカルタの3分の1が水没すると警鐘を鳴らした。これに危機感を持ったジョコ大統領は、「首都移転しかない」と決断したというのが、新首都建設の発端である。もちろん、巨大防潮堤も建設なども行われてきたが、そのコストは莫大であり、効果も限定的とされた。

カリマンタン

2017年4月、ジョコ大統領はジャカルタからの首都を移転することを検討するよう要請を出した。そして、2017年末までに移転先候補地を出し、その評価を行うこととした。しかし、移転先はカリマンタン島と決まったものの、候補地はなかなか決まらなかった。

2019年4月、とりあえずすべての政府機関を新首都に移転するための「移転10年計画」が発表され、その後、9月になって「首都移転法案」が閣議決定されて議会に承認された。この間、候補地には地震や火山の影響を受けないことなどを考慮し、南カリマンタン州、中部カリマンタン州、東カリマンタン州の3州が選ばれた。

2020年、コロナのパンデミックが起こったため、計画は一時中断した。ただし、場所は東カリマンタン州の東海岸にある石油と鉱物資源などに恵まれた港湾都市バリクパパンの北北西約30kmの一帯と決められた。といっても、周囲にはなにもないジャングルで、すべては一から始まることになった。

2022年1月、スハルソ・モノアルファ国家開発計画大臣は、新首都を「ヌサンタラ」と命名することを発表した。そして、COVID-19のワクチン接種が完了する2022年3月以降に、建設を始めるとした。しかし、実際に建設が始まったのは7月からだった。当初、約10万人の建設労働者が送り込まれ、今年からはで15~20万人に増えている。

なぜボルネオが選ばれたのか?その経緯

当初から、新首都建設の候補地はジャワ島以外のところ、それも自然災害のリスクが少ないところが条件だった。となると、カリマンタン島(ボルネオ島)は地震や津波、火山噴火のリスクが低いので、最適の候補地だった。港湾都市バリクパパンの北方のジャングル地帯が選ばれたのは、新たな港、エアポートを持つスマートシティ建設に最適だったからである。

カリマン島は世界で3番目に大きな島(面積は日本の1.9倍)で、北緯7度から赤道をまたいで南緯4度の間に属し、島全体が熱帯雨林気候となっている。この島の約4分の3がインドネシア領で、残りをマレーシア領とブルネイ領が占めている。島の総人口は約2,300万人。近年の課題は、豊かな森の県境保全である。そのため、新首都建設には反対の声もあるが、すでにプロジェクトは始まってしまっている。

ヌサンタラという言葉は、古ジャワ語の「ヌサ」(島々)と「アンタラ」(~の間)の複合語である。この複合語をわざわざ採用したのは、「ワワサン・ヌサンタラ」という(インドネシアの国家ビジョンを表す言葉すでにあるからだという。「ヌサンタラ」は「島々の間の調和のとれた協力関係」というように訳せば、言葉そのものが「島々から成るインドネシア」(群島国家)を表している。

「100%グリーン」のスマートシティにすると宣言

首都の移転という一大プロジェクトは、歴史的に見ればこれまで世界で何度も行われてきた。ただし、現代においては、ブラジルが1960年にリオ・デ・ジャネイロからブラジリアに、ナイジェリアが1991年にラゴスからアブジャに首都を移した例があるぐらいだ。しかし、温暖化、気候変動という理由での首都移転はインドネシアが初めてである。

そのため、インドネシア政府はヌサンタラを「100%グリーンにする」と宣言した。2045年完成までに、使用電力のすべてを再生可能エネルギーのみでまかなうとし、そのために50メガワットの太陽光発電所を建設し、クルマはすべてEVにするという。

しかし、インドネシアは温室効果ガス(GHG)の排出が世界6位と多く、しかも化石燃料、パーム油の生産・輸出大国である。パリ協定の遵守から、「2060年カーボンニュートラル 」を目指しているもの、その道は厳しい。まして、新首都ヌサンタラを100%グリーンシティにするためには、相当な努力が必要だ。

世界で始まっているスマートシティ建設

ここで、スマートシティに関して、世界はどう取り組んでいるのかをみると、もっとも遅れているのが日本で、インドネシアも同じだ。世界のスマートシティ建設でとくに先進的なのが、UAEのアブダビが2006年から建設してきた「マスダール・シティ」だろう。すでにここではCO2を排出しないゼロエミション交通網が整い、電力供給はすべて再エネでまかなわれている。国際再生可能エネルギー機関 (IRENA) の本部が置かれ、MITの分校も設置された。

豊富な石油資源を持つUAEの未来戦略は明確で、オイルマネーをクリーンエネルギーに転換して、温暖化経済の最先端を行こうというものだ。そのため、世界一の規模を誇るスワイハン太陽光発電所をつくり、CO2を排出しない「グリーン水素」の生産にも着手している。

そんなUAEのドバイで、2021年 10月から2022年3月の半年間、万博が開催された。この万博では、再エネの活用、水資源の削減、プラごみの分別リサイクルなど、徹底したSDGsへの取り組みが行われた。

世界の度肝を抜くサウジの未来都市建設

スマートシティでアジア最先端を行くのが、シンガポールである。現在、政府サービスをほぼ100%デジタルにする計画が進行している。また、西部地区に約4万世帯、10万人以上が暮らせる大型スマートシティプロジェクト「Tengah Town」(テンガータウン)の建設が進められている。じつは、この建設にパナソニック、ダイキンなどの日本企業が参画している。

また、中国の雄安新区も代表的なスマートシティである。2017年、習近平国家主席肝いりの「千年大計」と呼ばれて始まった巨大プロジェクトは、AI、IoT、ブロックチェーン、自動運転EV、再エネなどを駆使し、広大な敷地に2035年までに人口2,000万人の新首都をつくるというものだ。しかし、最近取材に行った人間に聞くと、不動産バブルの崩壊で建設は一時的に中断しており、住民もまだ移り住んでいないという。

サウジアラビアが進めている「ビジョン2030」も、巨大スケールの未来都市建設である。未来がない石油依存経済から脱却するために、石油収入のほぼすべてをつぎ込んで、ベルギー1国に匹敵する新都市「NEOM」(ネオム)を建設中である。そこに、世界のハイテク、先端企業を集め、優秀な人材も呼び込もうというのだ。

そのため、サウジはすでに観光ビザを解禁し、移住ビザも緩和。なんと、プロサッカーリーグにスーパースターを集めた。世界が驚いた、クリスティアーノ・ロナウドの2年2億ドル(約300億円)での移籍に続き、ネイマール、ベンゼマ、メッシなどが超高額年俸で続々と移籍した。スーパースターを集めれば、世界から人とカネがやってくるというわけである。

プロジェクト参加には大物や日本企業も

こうして見てみると、インドネシアの新首都ヌサンタラのスケールは小さいうえ、スマートシティ化のプロセスもまだ不透明である。ただし、新首都建設プロジェクトには、何人かの“ビッグネーム”が参加している。たとえば。イギリスのトニー・ブレア元首相とUAEのムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン大統領。

この2人は、いずれもヌサンタラの運営委員会のメンバーだ。また、2023年10月にはトニー・ブレア研究所がヌサンタラに研究センターを建設する契約を結んでいる。日本のソフトバンク孫正義会長も、このプロジェクトに参加を表明したが、2022年末の時点で見送っている。

いずれにせよ、この時代、新首都を建設するということだけでもたいしたものである。夢物語を実現させようというインドネシア政府の意気込みには頭が下がる。現地メディアの報道によると、プロジェクトへの参加希望案件には475の企業が興味を示しており、日本企業も数社含まれるという。

新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2024年08月26日


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