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【新興ASIAウォッチ/第99回】日本の新幹線は幻か? 着々と進展する東南アジア「中華鉄道」

鉄道ビジネスで日本に勝った中国

東南アジア全域が、「中華鉄道」で結ばれるのが確実になってきた。いまから10年後、気がついてみれば私たちは、ラオス、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、マレーシア、シンガポールと、東南アジアのほぼ全域を「中華鉄道」で走り回らなければならないかもしれない。

ついこの間まで、日本と中国はこの地域の鉄道ビジネスを巡って争奪戦を繰り広げてきた。例えばベトナム、例えばタイで、日本は中国と対抗して「新幹線」などを売り込んできた。しかし、コロナ禍が終息に向かいつつあるいま、東南アジア全体を見渡してみると、鉄道ビジネスでは中国の方が日本よりはるかに優勢である。

なんと言っても、中国と東南アジアは地続き。中国は雲南省から鉄道路線を伸ばし、東南アジア全域を中華鉄道網で結ぼうと、着々と計画を進めている。中国にとって、東南アジアの鉄道網は「一帯一路」計画の生命線の一つであり、力の入れ方が日本とは格段に違っている。

「陸の孤島」ラオスの悲願がついにかなった

現在タイでは、この12月に開通するラオスと中国を結ぶ高速鉄道の開通に対する期待が高まっている。将来的に、この鉄道はタイを経由して、マレーシア、シンガポールを結ぶことになるからだ。

中国の雲南省とラオスは地続きで、雲南省の昆明からラオス北部ルアンナムター県ボーテンを経由し、ラオスの首都ビエンチャンに至る約422kmの建設は、2016年12月に着工され、予定通り今年12月2日のラオスの建国記念日に完成する。ここを、中国の高速列車が時速160kmで走る。

事業総額約60億ドル。その7割を中国政府や中国企業が担い、残りの3割をラオス政府が負担する。しかし、このラオスの負担分の大半も中国側の融資だから、ほぼ中国の丸抱え事業である。しかし、海のない「陸の孤島」のラオスにとっては、鉄道建設は長年の悲願だった。

もちろん、中国にとっても「昆明~ビエンチャン鉄道」(中国名称「中老昆万鉄道」)は、長年の悲願。中国メディアは、「ラオスとの連結自体より、東南アジア全体の経済拠点であるタイとの鉄道連結が近づく利点がはるかに大きい」と論評している。つまり、ラオスの次はタイということになる。

「アジア横断鉄道」には3つのルートが

東南アジアを北から南に貫く「アジア縦断鉄道」(Trans- Asian Railway)の構想は、各国が植民地だった時代からあり、ASEANが設立された後も引き続き検討された。それが、現実化したのは、2006年に国連アジア太平洋経済社会委員会「ESCAP」が各国の間を調整して協定をつくったからだ。

その後、2011年にASEANは「ASEANコネクティビティ・マスタープラン」をつくり、従来の鉄道ではなく、高速鉄道を導入することを策定した。これを後押ししたのは言うまでもなく中国で、この計画はいつしか習近平主席が提唱した「一帯一路」 に取り込まれていった。

現在、中国の昆明を起点とする「アジア縦断鉄道」のルートは3つ考えられている。1つが、前記したビエンチャンを通る「中央ルート」で、このルートはラオスからタイのノンカイ、ナンコラチャシマを経てバンコクに到り、バンコクからマレーシアを南下して最終的にシンガポールに到る。ただ、バンコク~シンガポール間は、すでに従来の鉄道で結ばれている。

もう1つは、ベトナムのハノイ、ホーチミンからカンボジアのプノンペンを通ってバンコクに至る「東部ルート」、残りの1つがミャンマーのマンダレー、ヤンゴンからバンコクに至る「西部ルート」だ。

⇒アジア縦断鉄道のルート(出所:wikimedia

「債務の罠」を嫌って進まないタイ縦断鉄道

このように、「中央ルート」にしても、ほかの2つのルートにしても、タイのバンコクが中央拠点となる。ところが、タイの鉄道建設は遅れに遅れている。「昆明~ビエンチャン」ルートの1年後、ナコンラチャシマ―バンコクの253km区間が着工されたが、現在に至るまでほとんど建設されていない。完成予定は2021年中とされたが、たびたび延期され、いまでは2026年に延期された。これができなければ、その北のノンカイからラオスには繋がらない。

中国側は再三再四、タイに働きかけているが、タイ政府は中国の資金に頼るのを嫌っている。過大な借金を背負って「債務の罠」に陥るのを危惧している。消息筋によると、中国側が貨物輸送に重点を置いているのに対し、タイ側は旅客輸送に絞りたいとしているので、考え方においても隔たりがあるという。

タイでは高速鉄道建設で日中が激しくぶつかった。その結果、2015年、日本がバンコクとチェンマイ結ぶ区間の建設を受注し、「新幹線」を走らすことになった。しかし、それから6年も経つのに、こちらもなにも進展していない。これは、鉄道運営まで合同でやるという政府間の取り決めに日本企業が二の足を踏んだからと言われている。しかも、このルートはどこにも繋がらない単独ルートで、まったく旨味がない。受注に成功したと、当時の安倍政権が勝手にはしゃいだだけだ。

ベトナムでも頓挫している日本の「新幹線」

新幹線と言えば、日本はベトナムでも失敗しつつある。ベトナムでハノイーホーチミン間の高速鉄道計画が持ち上がったのは2007年。中国嫌いのベトナムは日本の支援を求め、日本政府も積極的に乗り出したが、莫大な建設費がネックとなって、二転三転、まだ工事も始まっていない。

とりあえず、2018年に政府決定された計画では、総投資額は587億ドルされ、このうちベトナム政府が 80%を負担し、民間が20%を負担する。時速は350kmで、ハノイ~ホーチミンを約5時間半で結ぶ。第1期工事の完成は2030年で、全線開通は2045年となっている。

2045年はいまから20年以上も先である。こうなると、もう本当にできるのかと不安視されている。この点を、中国メディアが大いに皮肉っている。中国のポータルサイト「網易」は、「中国を拒否して日本に発注したベトナムの高速鉄道ははたして本当に完成できるか」という記事を掲載した。すでに3万5000kmの新幹線網を完成させた中国を袖にして日本を選んだベトナムを、明らかにバカにした内容である。

「マレー鉄道」とは別ルートを狙う中国の戦略

東南アジアの高速鉄道計画で最も期待されたのが、マレーシアの首都クアラルンプールとシンガポールを結ぶ「新幹線」である。クアラルンプール~シンガポール間の距離は東京~名古屋間とほぼ同じ350kmで、両都市間を最速90分で結ぶ計画だった。

この建設をめぐって、日中企業のほか、米ゼネラル・エレクトリック(GE)、独シーメンス、加ボンバルディアなどが激しい争奪戦を繰り広げた。一時は日本が最有力とされたが、投資額が巨額になること、2国間の思惑の食い違いなどから、今年の1月、正式に断念された。

が、中国はまったく懲りなかった。ラオスの鉄道建設と合わせて、クアラルンプール~シンガポールとは別ルートの鉄道建設を着々と進めているのだ。これは、マレーシア東部のタイ国境に近いコタバルと西部のクラン港を結ぶ「東海岸鉄道」(ECRL)」。クラン港HAクアラルンプール首都圏にあり、こことコタバルを繋げれば、中国はシンガポール経由のマラッカ海峡ルートを通さない物流ルートを手に入れることになる。

従来のタイのバンコクから南下し、ウタパオ空港間の別の高速鉄道計画では、事業主体の企業グループに中国企業が参加。タイ南部を横断する鉄道と港湾の整備構想が昨年来タイ政府内で浮上すると、すぐに中国側が参画を打診しているようだ。

従来のバンコク~シンガポールを結ぶ「マレー鉄道」は、マレー半島のインド洋側に面する西海岸を通っている。しかし、中国が進めるルートは東側で、これをバンコクとつなげ、さらにバンコクとラオスのビエンチャンが繋がれば、雲南までが一本DE結ばれることになる。

カンボジア、ミャンマーでも中国が主導

中国は、カンボジア、ミャンマーでも着々と鉄道建設を進めている。カンボジアの場合、海外からの直接投資の9割を中国が占めており、まさに完全な属国。中国はいま首都プノンペンと南部の港湾都市シアヌークビルを結ぶ高速道路を建設しており、併せてカンボジア国内の従来鉄道の整備を進めている。

ミャンマーにおいては、中国は以前から、昆明からミャンマー内陸部を抜けインド洋につながる鉄道建設を働きかけてきた。その一環として、今年1月には、ミャンマー第2の都市マンダレーとチャウピューを結ぶ高速鉄道の事業化調査を行うことで両政府が合意した。ただ、直後に軍によるクーデターが起きて先行きは不透明になったが、この9月に、中国側と軍事政権側が鉄道計画で交渉を持って再確認されたという。

ヤンゴンから首都ネピドーを経由してマンダレーを結ぶ鉄道路線は、英植民地時代に建設されたが、いまや老朽化が激しい。この改修・近代化に日本は寄与してきたが、中国の高速鉄道事業の進出により、お株を奪われそうである。中国は、国境の町ムセとマンダレーを結ぶ高速鉄道に関してもミャンマー政府と合意している。

このように、いまや「中華鉄道」は東南アジアを席巻する勢いである。各国ごとに事情は異なるが、このままいけば、2020年代後半には、ASEAN諸国の鉄道路線は、ほぼ中国製の標準軌鉄道となり、一部は中国製の高速鉄道となっているだろう。

新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2021年10月27日


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