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【新興ASIAウォッチ/第45回】ASEANは狭くなり、女性は強くなった

ネットに残された歌手志望という足跡

このコラムでは、これまで時局的な事件を取り上げないできた。しかし、今回は、マレーシアで起こった北朝鮮の「金正男・暗殺事件」の衝撃があまりに大きいので、この件について書いてみたい。ただし、事件そのものについて書くわけではない。実行犯のベトナムとインドネシアの若い2人の女性について書いてみたいのだ。というのは、この2人の女性の行動が、まさに、国境の壁が低くなり、自由化が進むASEANのいまを象徴しているからだ。

まずは、ベトナム人のドアン・ティ・フオン容疑者(28)。「LOL」の大きな文字がプリントされたTシャツを着いていた女性だ。これまでの彼女を追った報道によると、生まれはベトナム北部、ホーチミン市に近いナムディン省の農村。10年ほど前に村を出たきり、あまり実家に帰ってこず、家族も本人の状況をよく把握していなかった。ただし、フェイスブックに多くの足跡を残しており、それを追っていくと、歌手になりたかったようで、ベトナム国内のオーディション番組にも出演していたことがわかっている。

「娘はハノイで働いているものだと思っていた」

韓国とのつながりもSNSで判明している。韓国の警察当局者は、彼女が昨年11月に4日間、済州島に旅行で訪れていることを確認している。なんのための韓国旅行かは不明だが、「ルビー・ルビー」というアカウント名のフェイスブックのページでは、65人の友達のうち27人は朝鮮系の名前で、56人が男性だった。また、昨年3月23日付の投稿は、韓国語で「あなたを愛しています。あなたに会いたい」と書かれていた。

すでに、フォン容疑者の家族をメディアは直撃している。ベトナム戦争で北ベトナム兵士として戦い、片足の一部を失ったという父親のドアン・バン・タンさん(63)は、ベトナム当局の接触と報道によって、初めて娘が容疑者だと知ったと語った。タンさんは、娘はハノイで働いているものだと思っていたので、海外にいると知って驚いたという。

ファイスブックでの足跡では、彼女は今年の1月3日、ハノイ発クアラルンプール行き航空機の搭乗券を写した写真を投稿している。そして、1月25〜29日は、ナムディン省の自宅に戻っている。フォン容疑者がどのように北朝鮮の工作員と接触し、犯行に引き込まれていったのかよくわかっていない。「テレビのいたずら番組の撮影だと思っていた」と供述したと伝えられているが、マレーシア警察は、「何度もリハーサルを行っていた」と発表した。

「ベトナム女性はライオン、最後はドラゴンになる」

いずれにせよ、ここで注目したいのは、フォン容疑者のような若い女性が、ベトナムでは増えているということだ。つまり、故郷を離れ、自分の夢を叶えようと、国内外を問わず出かけていく。かつての時代では考えられない生き方ができる時代になっている。

じつはベトナムは、女性の社会進出度がASEAN諸国の中では高い方である。労働人口に占める女性労働者の割合が男性並みなのだ。つまり、ベトナム女性は、常に働いている。結婚して家に入ることは少なく、結婚しても働き続ける女性が圧倒的に多い。ベトナムのことわざに、「ベトナム女性はライオン、最後はドラゴンになる」というのがあるという。つまり、もともとベトナム女性は強い。それが、ASEANの統合で、いまはいっそう強くなったと言えるのではないだろうか?

ベトナムでは、国が女性の社会進出を後押ししている。祝日の中に「女性の日」というのが、なんと2回もある。1回目は3月8日で、この日は「国際婦人デー」。2回目は10月20日で、ベトナム婦人連合会の発足日だという。2回目の女性の日は、国を挙げて女性に感謝する行事が行われ、母親、妻、恋人など身近な女性にプレゼントするのが習わしになっている。

ジェンダー・ギャップ指数ランク、日本は低くすぎる

スイスの世界経済フォーラム(WEF)は、「グローバル・ジェンダー・ギャップ・レポート」を毎年発表している。ここでは、世界各国の女性の社会進出度がランキング化されている。2016年度版によると、ベトナムのジェンダー・ギャップ指数(GGI : Gender Gap Index)は0.7で、世界144ヵ国中83位となっている。

ちなみに、1位はアイスランド。トップ10のほとんどを北欧諸国が占める中、なんと7位にフィリピンがランクインしている。フィリピンが、ASEAN諸国、いやアジアのすべての国の中で「最も女性が強い国」であることは、すでに、この連載コラムで紹介した。

そこで、ほかのASEAN加盟国の順位を見ていくと、ラオスが43位、シンガポールが55位、タイが71位、インドネシアが88位、ブルネイが103位、マレーシアが106位、カンボジアが112位となっている。では、日本はどうだろうか?
経済力では世界第3位なのにもかかわらず、なんと日本のGGIは0.66で順位は101位である。ASEAN諸国と比べても、格段に低い。日本の女性の社会的地位は圧倒的に低い。

イスラムの伝統文化から離れる女性たち

さて、もう一人の実行犯、インドネシア女性のシティ・アイシャ容疑者(25)の場合はどうだろうか?
彼女は、ジャカルタ西方約100キロにあるバンテン州セラン県パブアランの出身。今年の1月22日に実家に戻ったとき、家族に、シンガポール対岸にあるインドネシア領のバタム島で女性用下着の販売店員をしていると話したという。そうして、日本のテレビ局で放送するいたずら番組に出演するため、マレーシアに度々行っていると話したという。

また、義理の姉のマラさん(25)に彼女は、「ジャカルタでいたずら番組の撮影がある。上司から宿泊費をもらったがホテル代が高いので実家に泊まることにした」と、実家に戻った理由を説明している。

彼女がどのようにして犯行グループに加わったのかは、わからない。ただ、インドネシアでの報道を見ると、「彼女は騙されただけだ」という論評が多い。インドネシアは、イスラムの国だけあって、女性はか弱い存在と考える傾向が強い。だから、こうした同情論が起こるのだろう。

イスラムの国では、おしなべて女性の地位が低い。女性は伝統的に家を守るものと考えられてきた。しかし、ASEANの発展で、インドネシアの女性ですら、いまや自立して働くことが当たり前になってきている。アイシャ容疑者はそんな1人だと言えるだろう。

国連の統計を見ると、インドネシアの労働人口における女性就業率は50%を超えている。これは、マレーシアの約44%やインドの約35%よりも高い。ちなみに、日本の女性就業率は約72%である。

自国に就職がなければ国を出て出稼ぎ

多国籍国家シンガポールでは、ASEANのほかの国から来た女性が数多く働いている。今回の犯行があったマレーシアのクアラルンプールでも、ASEAN中から集まった多くの女性が働いている。フィリピン女性は働き者で、富裕層のメイドとして最も好まれる。インドネシア人女性も、ベトナム人女性も同じように好まれている。

ベトナムでも、インドネシアでも、高卒後に就職先が見つからず、国を出て出稼ぎに行く女性が多い。そういう女性は、たいてい実家に仕送りしている。アイシャ容疑者は、「1回の撮影で100ドルもらっていた」という報道があったが、おそらく、これは本当だろう。

「金正男・暗殺事件」は、図らずも、ASEANが狭くなったことを示すことになった。そして、新興アジアの女性たちが、日ごとに強くなっていることを実感させてくれた。

新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2017年02月28日


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