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【新興ASIAウォッチ/第56回】いまアジア最大の問題「ロヒンギャ問題」とはなにか?

■ロヒンギャ難民救済に日本が25億円を援助
ここ2、3年、ミャンマーで激化している「ロヒンギャ問題」が、世界中のメディアを騒がせている。日本でも取り上げられてはいるが、なぜ虐殺や難民が大量発生しているのかわかっていない人、関心のない人が多い。そこで、今回はこの問題をわかりやすく解説してみたい。

これまでこのコラムでは、新興アジア圏の未来につながる明るい話題を数多く取り上げてきた。そのため、ロヒンギャ問題のような深刻な問題は避けてきた。しかし、この問題はミャンマーだけの問題ではなく、アジア全体の問題、人類全体の問題と言っていい。つまり、これを解決できないと、新興アジア圏の明るい未来はやってこないかもしれないのだ。

先日、ミャンマーを訪問した日本の河野太郎外務大臣は、ラカイン州マウンドー地区の紛争地域を視察し、難民救済のために約25億円を支援することを表明した。おそらく、この日本からのお金は、難民キャンプの維持と難民救済のために使われることになる。

現在、約65万人のロヒンギャ族がバングラデシュに逃れ、難民となっている。この人々は今後、順次ミャンマーに戻ってくることになっている。しかし、彼らがミャンマーに戻ってくることは、解決へのほんの一歩に過ぎない。いったいなぜ、ロヒンギャ族はミャンマーから逃れなければならなかったのだろうか?


■110万人のうち65万人が難民として脱出
まず、次の地図を見ていただきたい。これは、英誌『Economist』に掲載されたもので、国別にロヒンギャの人々(Rohingyas)がどれほどいるかを表している。見ればおわかりのように、ミャンマーのラカイン州(RAKHINE)に1.1ミリオン=約110万人、隣なりのバングラデシュに約30万人、インドに約1万1000人、マレーシアに約10万人、インドネシアに約2000人、タイに約1000人である。なぜ、ロヒンギャ族は、このように各国に分散しているのだろうか?

この地図のうち、バングラデシュ以外の国にいるロヒンギャ族は、ほぼすべてミャンマーからの難民である。そもそもロヒンギャ族というのは、ミャンマーとバングラデシュのベンガル湾沿岸地域に暮らしていた人々で、イスラム教徒である。そのため、仏教徒が主流のミャンマーの人々とは折り合わず、これまで紛争を繰り返してきた。この紛争が一気に激化したのが、アウンサン・スーチー氏が国家顧問(事実上の元首)となってミャンマーが民主化された、ここ2、3年のことだ。

今回起こったことを、「民族浄化」と指摘したメディアもある。国連もまた、その可能性を指摘してミャンマー政府を非難した。地図にある110万人のうち65万人もの大量難民が発生したきっけは、昨年8月25日にロヒンギャの武装勢力が、ミャンマーの国家警察などに対して襲撃を行なったからだった。これに怒ったミャンマー軍の治安部隊は、ロヒンギャの村に容赦のない掃討作戦をかけた。その結果、命が危ないと思った人々がバングラデシュに逃げたのである。


■独自の言語を持つ少数民族イスラム教徒
ミャンマーは多民族の連邦国家である。国民の約7割を占めるビルマ族のほかに、100を超える少数民族が存在する。ミャンマーには、カチン州、カヤー州、カレン州、シャン州、チン州、モン州、ラカイン州という7つの州があるが、これらの州の名称はすべて少数民族の名称からきている。しかし、ロヒンギャ族はこうした少数民族にも属さない、疎外された人々である。なにしろ、ミャンマー政府自身が彼らの存在を認めず、法的に不法移民として扱っている。

資料を見ると、ロヒンギャという呼称は1950年までは存在しなかったという。ロヒンギャ族自身は、自分たちの歴史は8世紀まで遡れるとしているが、実際には15世紀にラカイン地方に存在したアラカン王国に少数存在したモスリムの人々(イスラム教徒)が祖先だとされる。

現在のバングラデシュもそうだが、ベンガル地方はモスリムの地である。そのため、英国の植民地時代、第二次大戦後の東パキスタン時代、そして印パ紛争によってバングラデシュが独立する時代を通して、ラカイン地方にはモスリムが流入し続けた。その結果、現在約110万人のロヒンギャ族がラカイン州に住んでいて、その数は310万人とされる州人口の約3分の1に達している。

ロヒンギャ族は独自の言語を持っている。そのため、ミャンマー人の多くが話すビルマ語とは話が通じず、イスラム教徒ということもあって、独自の文化の中で暮らしてきた。それでも、1962年のビルマ(当時)独立までは、政府や仏教徒からの迫害は少なかったという。


■国籍法の改正によって「不法移民」とされる
独立後のビルマは、ビルマ族を中心とした中央集権国家「ビルマ社会主義共和国」となった。その結果、ビルマ族以外の少数民族は迫害されるようになった。ロヒンギャ族も迫害され、今回の大量難民流出までに2回(1978年、1991〜1992年)にわたり、20万人から25万人規模の大量の難民が派生している。

1982年、国籍法が改正されると、ロヒンギャ族への迫害はさらに露骨になった。このとき、国民は「国民」と「準国民」、「帰化国民」に分けられたが、この3つのどれにもロヒンギャ族は入れられず、「無国籍」となった。ロヒンギャはバングラデシュからやって来た「不法移民」とされたのだ。

ここで「国民」となったのは、「第一次英緬戦争」(1824~26年:英国とビルマとの戦争)が始まる前年の1823年までに、ミャンマーに居住していたとされる135の民族の人々だけだった。それ以外の人々、たとえば英国の植民地下で流入したインド系の人々などは、「準国民」と「帰化国民」となり、3代以上ミャンマーに居住した場合に限って「国民」に格上げされることになった。

国民扱いされないということが具体的にどういうことかというと、たとえば、公務員になれるわけではなく、ちゃんとした仕事にも就けないということ。ロヒンギャ族にいたっては、不法移民なのだから移動することすら禁止された。結婚や相続なども制限され、場合によっては強制労働も課せられた。


■民主化が進むのと反比例して紛争が激化
ミャンマーでは、長い間、軍事独裁政権が続き、ノーベル平和賞を受賞したアウンサン・スーチー氏は軟禁されてきた。その流れが変わったのは、スーチー氏の軟禁が解かれた2011年からだ。そうなると、ロヒンギャ族への迫害もなくなるだろうと普通なら思う。しかし、事実は逆で、軍事政権下で抑えつけられてきたロヒンギャ族と仏教徒の対立はかえって激化した。 2012年には大きな暴動が起こり10万人規模の難民が発生、その後は紛争が絶えなくなった。ミャンマー軍は治安維持を強化し、ロヒンギャの人々はさらに弾圧されることになった。当時、ベンガル湾を漂流する船に、ロヒンギャのボートピープルが大量の乗っている姿が報道された。国際社会が「ミャンマーにはこのような差別民がいる」と改めて知ったのは、この頃からである。それまでは、ミャンマー自身が忘れ去れた国だったので、ほとんど関心を寄せなかった。

2015年、ミャンマーで民主化の第一歩となる総選挙が行われ、スーチー氏が勝利して国家顧問に就任した(憲法上大統領になれない)。しかし、事態は変わるどころか、ますます悪化した。国際社会がいくら非難し、メディアがヒューマニズムを振りかざしても、ミャンマー軍によるロヒンギャ族の迫害は続いた。そうして、前記したように昨年8月、史上空前の規模の難民流出を引き起こすことになるロヒンギャの武装集団による襲撃事件が起こったのである。


■解決案が示された翌日に襲撃事件が発生
襲撃事件の1年前、2016年8月、困り果てていたスーチー氏は、コフィ・アナン元国連事務総長に助けを求め、アナン委員長と第三者による「ラカイン問題調査委員会」がつくられた。アナン氏はラカイン州とバングラデシュの双方を調査し、次のような解決案を示した。

(1)ラカイン州住むムスリム(=ロヒンギャ)の移動の自由を認めるようにすべきである。
(2)彼らの中で世代を超えてこの地に住む者には国籍を付与すべきである。

この解決案が示されたのは、昨年の8月24日。その翌日に、襲撃事件は起こった。ロヒンギャの武装集団は、「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)と名乗っている。指導者のアタウラーはもともとパキスタン出身で、2012年の暴動後にARSAに参加したという。

ARSAの背後関係については、いろいろ言われている。IS(イスラム国)と繋がっているとされ、アタウラーらはバングラデシュで武器調達を行い、ラカイン州に入ってロヒンギャ青年を集めて訓練したという。ただ、銃などの武器は乏しく、竹槍などで武装していたという。とはいえ、これは立派なテロ組織で、ロヒンギャ問題がイスラムのテロ集団に利用されている可能性もある。ミャンマー政府は、ARSAはパキスタン、サウジアラビアの支援を受けていると主張した。いずれにしても、ARSAが中心のロヒンギャ族の集団とミャンマー軍の争いは続き、ロヒンギャの村は焼かれ、村人は殺され、女性たちは強姦されるという悲劇が続いた。


■東南アジアのどの国に行っても不法入国者
昨年11月、ミャンマー政府とバングラデッシュ政府は、難民を帰還させることで合意した。世界最貧国の一つであるバングラデッシュにとって、難民は迷惑このうえない話で、ミャンマー政府は仕方なく、国際社会の監視の下にロヒンギャの人々の帰還を認めることになった。そのため、ラカイン州北部に2カ所の大規模な受け入れ施設を設けることが決まった。しかし、この原稿執筆時点では、難民の帰還はまだ始まっていない。

いまだに、ミャンマー政府はロヒンギャの人々を自国民とは考えていない。なにより、彼らをロヒンギャと呼ぶことすら禁止している。「ベンガル人ムスリム」などと呼び、スーチー氏ですら、これまでロヒンギャという語を用いたことは1度たりともない。

ロヒンギャの難民が押し寄せた東南アジア諸国もまた、ロヒンギャを人間扱いしていない。タイとマレーシアはロヒンギャを経済移民と捉えており、難民認定しないことで一致している。そもそもタイは国際難民条約に加盟していないので、不法入国者として強制送還を行っている。


■英国の植民地政策が人々を分断した
はたして、こんな状況でロヒンギャ問題は解決していくのだろうか? こうして経緯を振り返ってみると、中東問題と同じように、解決などとうてい無理だと思えてくる。というのは、この問題の大元には、英国によるインド、ビルマの植民地支配があったからだ。英国など欧州列強は、中東を自分たちの都合で勝手に分割して統治した。そもそも国境などないところに線を引き、そこに暮らす人々を引き裂いた。それと同じことをアジアでも行ったのだ。

インドで宗教・民族分断政策を取ったのも、東西パキスタンをつくったのも、そうしたなかでベンガル人を強制的に移住させたのも、みな英国の政策だった。英国は1886年にミャンマー全土を植民地とした後、少数民族同士の対立を利用してミャンマーを統治した。分断して争わせれば、自分たちに歯向かってこないという「分断統治」(divide and rule)」という原則を忠実に実行したのだ。

ミャンマーの少数民族のうち、キリスト教徒に改宗したカレン族の人々を英国は重用し、軍人や警察官として起用した。そのせいか、カレン族はビルマ独立のときに分離独立を主張し、いまだに独立を目指す「カレン民族解放軍」(KNLA)は政府と鋭く対立している。


■ロヒンギャの人々230人が日本で暮らしている
このような歴史があるのに、英国のメディア、『BBC』『ガーディアン』『エコノミスト』などは、ミャンマー政府を激しく非難する。ついこの前までは、スーチー氏をあれほど持ち上げていたのに、いまや「スーチー氏には落胆した」などと言っている。もちろん、スーチー氏に同情するメディアもある。日本のメディアはどちらかと言えば、同情派である。

いずれにしても、新興アジアの今後を考えると、ロヒンギャ問題からは目を離せない。ASEAN(東南アジア諸国連合)という枠組みがあるのだから、各国が協力してなんとかすべきだと思うが、そのような動きは見られない。

じつは、日本にもロヒンギャの人々が230人居住していて、そのうちの9割の200人ほどが群馬県館林市に暮らしているという。この人たちは、偽造旅券などを使って脱出してきた人々で、現在、在留資格を与えられて暮らしているという。

ロヒンギャ問題は、日本も含めたアジア全体の問題、そして人類全体の問題でもある。新興アジア圏に関わりを持たなければ将来がない私たちだから、今後の動きを十分注意して見つめていきたい。


新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2018年01月25日


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