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【新興ASIAウォッチ/第57回】タイ人もベトナム人もびっくり!日本のパクチーブーム

パクチー専門店では「追パク」無料

日本で空前のパクチーブームが続いている。私は横浜在住なので中華街によく出かけるが、玄武門のそばに『パクチージョーズ』というパクチー専門店ができ、これが大いに流行っている。なんと、店内で水耕栽培によってパクチーを育てており、メニューのすべてがパクチー料理だ。「パクチービール」は生ビールにパクチーが入っていて、おつまみには「パクチーの根っこの天ぷら」がある。「パクチーライス」はガーリックライスにパクチーがたっぷり乗って出てくるし、「ガリポーク」(豚肉料理)にもパクチーがたっぷり乗っている。しかも、「パクパクパクチー!」とかけ声をかけて頼むと、無料でパクチーを持って来るという、もう完全な“パクチー天国”と化している。

こうしたパクチー専門店は、いまや日本中にあり、東京では経堂の『パクチーハウス』が超人気店。いつ行っても客の8割は若い女性で、ここの「生春巻き」の中身はエビとパクチーだけ。ここもまた追加のパクチー「追パク」は無料で、いくらでもOKとなっている。

このようなパクチー専門店ができて私が初めて知ったのが、「パクチニスト」という言葉。パクチー大好き人間をこう呼ぶのだという。そして、パクチニストとなれば、「パクチー栽培キット」を買って自家栽培し、「パクチーサラダ」「パクチーラーメン」「パクチー丼」などを毎日のように食べているというので、本当に驚いた。また「パクチニスト女子会」もあると聞き、ちょっとあきれたりもした。

生春巻きにはパクチーを入れない

というわけで、今回はパクチーがテーマ。パクチーといえば、本場はタイ。タイばかりか、ベトナムなどの東南アジアでよく食べられているというイメージがあるが、これが大間違いだということを、ここでは報告したい。すでに知っている人は知っているが、タイでもベトナムでも、パクチーは日本ほど食べられていない。パクチーサラダなどというのは日本だけのメニューで、タイにもベトナムにも存在しない。まして、パクチニストなど、東南アジアの国には1人もいない。

私がこのことを知ったのは、かれこれ20年ほど前だろうか。それも、タイやベトナムではなく、ハワイでだった。当時、私たち一家は夏になると、娘が現地の学校のサマーセッションに参加するため、ワイキキに長期滞在していた。それで、週に何回か外食に出かけた店の1つに、ベトナム料理店があり、そこの日本語が達者なベトナム人店主からこう言われたのだ。

「最近の日本人、おかしいよ。料理にパクチーが入っていないと、なんでと聞いてくる。ベトナムの生春巻きは、普通、パクチーは入れないよ」
「まさか。本当?」と聞き返すと、「ワタシは、うそ言わないよ」とのことだった。

あくまで料理に添えるもの

このベトナム料理店は『マイラン』といい、ワイキキの北のケアモク・ストリートにある。店主はサムさんと言い、日本人の間では有名な人物。というのは、この店があの高倉健が贔屓にしていた店、JALのCAがいつも立ち寄る店として有名になったからだ。サムさんは、本当に気さくな人物で、とくに日本人のお客には欠かさず話しかける。

「ベトナム人はパクチーをよく食べるでしょう?」
「はい、食べますよ。でも、それは味つけとして、料理に入れるだけ。それも少しね。日本人、なんでパクチーがそんな好きなの?」
「わからない。でも、1度食べるとはまりますね」

たしか、こんな会話を交わして、そんなものなのかと思ったことを覚えている。当時、日本にはベトナム料理専門店もタイ料理専門店も、いまのように多くなかった。パクチーもブームではなく、スーパーに行っても売っていなかった。それでも、珍しいとうこともあってか、パクチー好きな若者が増えていた。おそらく、東南アジアを旅行して帰ってきた若者たちが、広めたのではないかと思う。

私の知人に森枝卓士という写真家がいるが、彼は東南アジアの食にはまって、これまで東南アジアの食に関する本を何十冊も出している。その中でも、『アジア菜食紀行』(講談社現代新書、1998)は、アジア人の菜食主義(ベジタリアン)のルポとして圧巻だ。アジア人はとにかくよく野菜や草を食べる。エイジアン・エスニックは菜食が基本と言っていい。しかし、パクチーは中華料理でいう「香菜」(シャンツァイ)で、あくまで料理に添えるものであり、それ自体を食べるということはない。

タイ人もびっくりのタイ料理専門店

日本でのパクチーブームに一番驚いているのがタイ人だという。最近は、外国人観光客を増やす国の政策により、東南アジアからも観光客が激増しているが、その中でもタイ人はとくに多い。バンコクからの直行便に乗って、東京や大阪にやって来る。そんなタイ人観光客をタイ料理専門店に案内すると、びっくりするのだと旅行代理店の人間から聞いた。

「どの料理にもパクチーが入っていて、おかしいと言うんですね。トムヤンクンはいいとして、パクチーサラダのように、パクチーそのものの料理があるのが信じられないと言うんです。 それで、聞いてみると、タイ人でもパクチーが嫌いな人はいっぱいいると言うんですね。タイ料理にはパクチーが付き物というのは誤解だとわかりました」

たしかに、バンコクの地元レストランには、パクチーに特化したメニューなどない。パクチーがのってくる料理はあるが、それは日本で洋食の皿にパセリがのっているのと同じことのようだ。それに、バンコクの人々というのは、自宅で料理をするという習慣がない。バンコク人は外食が基本だ。

タイ人と同じく、ベトナム人も日本のパクチーブームに驚いている。このコラムで、以前、ホーチミンでの観光客向けの料理学校(サイゴン・クッキングスクール)の体験記を書いたが、そのとき私は生春巻きのつくり方を習った。で、配られた材料にパクチーがないので、シェフに聞いた。

「パクチーが入っていませんけど?」
「パクチーは使いません」
「えっ?なぜですか?」
「たまにパクチーを使うこともありますが、うちの店ではバジルやミントなどを使うので、とくに使わないんです。生春巻きといってもいろいろなものがあり、全部にパクチーが入っているわけではありません。フォーにはよく使いますがね」

ちなみに、ホーチミンではパクチーは「ザウムイ」と言い、パクチーはタイ語である。また、英語では「コリアンダー」(coriander)と呼ばれている。

ブームの決め手となった美容効果

それにしても、なぜ日本でここまでパクチーがブームになっただろうか?いまでこそパクチーは珍しくなくなったが、ついこの前まで、スーパーの野菜売場にパクチーはなかった。コリアンダーのパウダーがカレーに入れるスパイスの1つとして売られているだけだった。

それが、エスニック料理のブームが来て、モダンなタイレストランやベトナムレストランができると、例えばタイ料理のトムヤンクンのスープに添えられたり、ベトナム料理のフォーに添えられたりして知られるようになり、やがてスーパーでも売られるようになった。そして、いまや、どのスーパーでもパクチーは売っている。

しかし、料理に使う“香菜”としてだけなら、パクチーはここまでブームにならなかっただろう。パクチーブームの決め手になったのは、パクチーには美容効果がある。食べると美人になる。また、体内の毒素がデトックスされると喧伝されたからだ。これに、若い女性が飛びついて、一気にブームが拡大した。

パクチーの香りは独特だが、美容にいいうえにデトックス効果があるとなれば、香りも気にならない。しかもパクチーの芳香成分には、整腸作用や胃を丈夫にする作用があるとなって、大量のパクチニストが誕生した。こうして2016年、パクチーブームが頂点に達した。この年、「ぐるなび総研」が「今年の一皿」として、「パクチー料理」を選出した。

食品・食材のブームは一過性か?

いまや、世界で一番パクチーを食べているのは、タイ人やベトナム人ではなく、日本人である。調べてみると、パクチーの原産国はエジプトである。古代エジプトでは、パクチーが調理や医療に使われていたという記録が残っている。それが、世界中に広がり、とくに中国、東南アジアでは食材として定着した。ところが、ここ数年で、日本が最大の消費国になってしまった。

パクチーブームにのって、日本でのパクチーの生産量はぐんぐん伸びている。そのため生産農家は引く手数多で嬉しい悲鳴をあげているという。例えば、静岡県の袋井市や磐田市、茨城県の行方市などでは年々生産を拡大し、いまや1年通じて出荷されている。その行く先は、言うまでもなく「巨大な胃袋」東京や横浜などの首都圏だ。

それでは、このままパクチーは日本の「食」として定着するのだろうか?おそらく、その答えはノーだ。なぜなら、日本ではある食品・食材がブームになっては廃れるとういことが繰り返されてきたからだ。例えば、かつて食後のデザートとして「ナタデココ」が爆発的なブームとなったことがあった。ファミレスからコンビニまで、デザートと言えばなんでもかんでもナタデココという時期があった。

このとき、 ナタデココの原料となるココナッツの生産地のフィリピンでは、農家が日本向けに大量にココナッツをつくるようになった。しかし、ブームは数年であっけなく去り、ココナッツ生産を拡大した農家の多くが潰れてしまった。パクチーも、このナタデココと同じ運命をたどる可能性がないとは言えない。パクチーを食べながら、本当に日本人はこの独特の香りと食感が好きなのだろうか?と疑問に思うこのごろである。

新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2018年03月27日


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