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【新興ASIAウォッチ/第50回】バンコクから名物の屋台が消えていく

バンコク市が突如「屋台禁止」を宣言

東南アジアの街には、屋台が付きものである。バンコク、ホーチミン、クアラルンプール、ジャカルタなど、通りには必ず屋台が並んでいて、食べ物はもちろん、日用雑貨からケータイまで、ありとあらゆるものを売っている。

中でも、バンコクは欧米人も絶賛する「世界一の屋台都市」だ。『コンデナスト・トラベラー』誌や『トラベル・アンド・レジャー』誌はタイを取り上げたときは必ず「屋台特集」を組む。また、テレビの旅番組では、レポーターが「バンコクの屋台(フードスタンド)はアジアそのものです。この街には世界に類をみない屋台文化(ストリートフード・カルチャー)があります」と声を弾ませる。これは、日本の旅番組も同じだ。バンコクの旅では、タレントレポーターたちが、街角から日本にはない屋台の食べ物を紹介するのが恒例となっている。

ところが、この4月、突如、「屋台禁止令」が、バンコク首都圏庁(BMA:Bangkok Metropolitan Administration)から発令された。バンコクのワンロップ・サワンディー都知事は、「今年いっぱいでバンコク都下全域で路上屋台を排除する」と宣言したのである。市長は、屋台排除の理由を「秩序と衛生のため」と言った。つまり、「屋台は近代都市バンコクにはふさわしくない」「屋台は衛生上よろしくない」というわけだ。もちろん、屋台を営業するベンダー(店主、露天商)も、利用する市民も、これに納得できるわけがない。一時、バンコクは騒然となった。

2ヵ所に限って屋台営業を認可する

しかし、バンコク当局は、屋台主たちや利用者の声を聞き入れなかった。バンコクでは、BMAと市長の権限は絶大だ。ある屋台主はこう言った。
「市が決めたことなので、従うほかありません。こんな大がかりな話は初めてなのでびっくりしましたが、これまでのように役人に賄賂を渡しても無駄でしょう。店をやめるほかないと思います」

地元紙の記者に聞くと、バンコクには、1万2000店あまりの屋台があるという。その全部がなくなってしまうのだろうか?
「いや、そうではありません。ともかく、路上屋台をなくしたいのです。BMAとしてはバンコクの全区で屋台を廃止すると言っていますが、とりあえずは、試験的に営業指定地区をつくり、そこでだけで営業させるようです」
「屋台禁止令」から間もなくして、BMAは屋台認可の「パイロット地区」を2ヵ所発表した。

バンコクのウエブニュースの「ASIA ONE」(6月27日)は、「パイロット地区」に指定されたチャイナタウンのサムパッタウォン区の「ヤワラート通り」(Yaowarat Road)では、観光客と市民向けの新しい屋台街のオープン準備が整ったと伝えた。この「ヤワラート通り」とプラナコーン区の「カオサン通り」(Khao San Road)が、パイロット地区となり、路上屋台の大移動が始まった。

とりあえずこれで、バンコクの屋台文化はすぐには消えないことになった。しかし、困ったのは、庶民だ。なぜなら、バンコクの屋台は観光客のためにあるというより、庶民に安いフードを提供するためにあるからだ。屋台があまりにも発達したため、この街の人たちはほとんど自宅で食事をしない。朝昼晩、屋台で食事している庶民も多い。

バンコクの屋台には本格的な食事を提供する屋台食堂から、いわゆるワゴンだけの路上屋台までさまざまな種類がある。このうち、庶民が頼りにしているのが、ともかく路上屋台である。しかし、今回の禁止令で、路上屋台の多くは、街から姿を消すことになるのが確実になった。

ラーメン1杯が1000円に高騰

バンコクには多くの日本人が住んでいるが、そうした在住日本人にも屋台の人気は非常に高い。それは、ここ数年でバンコクの物価が大きく上昇したせいだ。とくに日本食は値段が上がり、和食レストランや和風居酒屋で飲食すると、日本並みの値段かそれ以上を取られるのが当たり前になった。

ラーメンでも、数年前なら200バーツ(約700円)だった。それがいまや300バーツ(約1000円)はする。この背景には、経済発展によるインフレもあるが、2012年に当時のインラック政権が最低賃金の引き上げを行なったことも大きいと言う。これにより、人件費が高騰し、それに伴い物価も急上昇した。

さらに、タイでは7%の消費税に加えて10%のサービス料がつく。これでは、バックパッカーの若者、中小企業駐在員、年金リタイア移住者にとって、屋台はまさに救いの神と言える。とくに、値段が安い路上屋台は最後の砦だ。しかし、最近では路上屋台ですら「高い」と嘆く在住日本人もいる。

「定番の麺類も昔に比べて倍ですよ。昔は20~30バーツ(約70円から約100円)だったのに、いまでは50バーツ(約170円)が当たり前です」と、先日出会った長期滞在の若者は言った。

日本の屋台文化はなぜなくなったのか?

このようにして、バンコクから「屋台=屋台文化」が消えていくことは寂しい限りだが、では日本は?というと、もう日本では屋台はほぼ壊滅していると言っていいだろう。私が子供のころには、屋台はいっぱいあった。しかし、いまでは屋台と言えば、駅前のラーメン屋台ぐらいしかない。屋台といえば日本では博多(中洲)だが、いまではその博多ですら数が減っている。

これは、屋台の取り締まりが強化された、衛生観念が発達し人々が敬遠するようになった、客が減って儲からなくなった、などさまざまな理由があるが、私は、スーパーとコンビニの影響が大きいと思っている。これだけコンビがあり、それも24時間営業なら、わざわざ屋台で食べるだろうか? コンビニはそれこそなんでも売っている。すぐ食べられる食品なら、ほぼなんでもそろっている。

屋台がストリートフード・カルチャーの担い手とうなら、いまやコンビがその役目を担っていると言えるだろう。だから、バンコクに限らず、東南アジアの都市にコンビニが増えれば、自然と屋台は減るのではと、私は思っている。

屋台に行くなら「人気店」を選べ

じつは私は、屋台が好きだが、実際にはほとんど行かない。何度かお腹を壊したことがあるからだ。とくに日本に帰る前日に屋台に行き、飛行機の中でトイレに行きっぱなしになってからは、よほどのことがないと行かなくなった。いまはだいぶ改善されたとはいえ、東南アジア各都市の衛生状況は、日本とは比べ物にならないほど低い。

バンコクの私の知り合いに、「屋台の達人」とも呼べる若者がいるが、彼は次の3点を常に気にして屋台に行っている。
(1)ともかく火の通った料理に限る。
(2)海鮮類は絶対に食べない。生野菜もダメ。
(3)路上屋台でなく店構えのある屋台に行く。

なぜそうまでして屋台に行くのかと聞くと、「やはりローカルフードは屋台につきます。しかも、値段が安い。多少お腹を壊したって食べる価値があります」と言う。では、どんな屋台がいいのかと聞くと、「それはやっぱり流行っている店です。そういう人気店なら回転率もいいので、食材も新鮮で、間違ったものは出しません。衛生状態も悪くありません。食中毒なんか出せばすぐ潰れますからね。人気店なら間違いないですよ」

消える前に食べるべき9つの屋台料理

さて、バンコクの屋台は今後どうなるのだろうか?前記したウェブニュース「ASIA ONE」ではさっそく、「バンコクの街角から消える前に食べるべき9つのタイの屋台料理」(9 must-eat Thai street food before they vanish from Bangkok streets)という記事を出した。この記事によると、次の9つの屋台料理は、食べておかないとダメだと言う。

1. Vermicelli with seafood: Known as Ob Woon Sen(オブウンセンとして知られるエビやカニなどの海鮮類と香菜などを入れたビーフン料理)
2. Pad Thai(パッタイ:ビーフン焼きそば)
3. Pig innards soup(豚の血入りの野菜スープ)
4. Grilled chicken with sticky rice(ガイヤーンと呼ばれているタイ風焼き鳥)
5. Khanom Buang(カノムブアン:タイ風クレープ)
6. Kanom Krok(カノムクロック: タイ式ココナッツミルクパンケーキ)
7. Salted-crusted grilled fish(プラパオと呼ばれる焼き魚)
8. Durian with sticky rice(ドリアンともち米のスイーツ)
9. Boat Noodles: Called Kuay Teow Ruea(クイッティアオルアと呼ばれる屋台麺)

新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2017年07月25日


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