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今年(2016年)のトップニュースと言えば、間違いなく次期アメリカ大統領にドナルド・トランプ氏が当選したことだろう。なにしろ、ほとんど番狂わせの当選だったから、その衝撃は大きかった。アメリカ大統領といえば世界で最も影響力のある人間である。はたして、トランプ氏によって、今後世界はどうなっていくのか? 今回は、新興アジアからの視点で考えたみたい。
と、書いてはみたが、結論から言えば、「皆目わからない」というのが本当のところだ。トランプ氏が当選してから、私はアジア経済専門のアナリストや各国に駐在するビジネスマンなどと話したが、誰もが「予測不可能」と口をそろえた。
その理由は、簡単。これまでトランプ氏は、新興アジア諸国について言及したことがほとんどないからだ。つまり、なにを考えているのかわからない。どうなるかは、蓋を開けてみないとわからない。トランプ氏が正式に大統領に就任するのは2017年1月20日。すべては、その後というわけだ。
しかし、それでは記事にならない。そこで、ここでは少ない手がかりを頼りに、私の予測を書いていきたい。
トランプ氏の当選がはっきりしてから、新興アジア地域で起こったのは、各国の株価と通貨の下落だった。11月9日、開票でトランプ氏の優勢が伝えられると、シンガポール株式市場のストレートタイムズ指数は4ヵ月ぶりの安値を付けた。マレーシア、タイなどの国の株価も軒並み下落、同時に各国の通貨もドルに対して大幅に下落した。いわゆる「トランプショック」が起こった。
トランプ氏は「アメリカ第一主義」を掲げ、そのために「自由貿易」から「保護貿易」(輸入品に高率関税をかける)に転換、国内では巨額のインフラ投資や減税を行うと宣言していた。そうなると、アメリカの長期金利は上昇し、その結果、新興国に投資されていたマネーがアメリカに還流する。つまり、アメリカでNY株価とドルが上がるのと反比例して、新興国では株価と通貨が下落した。
実際、これが顕著に起こったのはメキシコと中国だった。もちろん、新興アジア各国も同じ展開となった。インドの中央銀行は、11月24日にルピーが一時1ドル=68・86ルピーと最安値をつけたため 、ルピー買いドル売りの市場介入を実施した。また、インドネシアとマレーシアの中央銀行も、自国通貨を買う市場介入に踏み切った。こうして、トランプショックは新興アジア中に広がり、現在(12月25日時点)、少々落ち着いたとはいえ、各国の不安はまだ拭えていない。
新興アジア、つまりASEAN諸国の多くは、経済格差はあるものの、これまでは一つの共同体としてまとまることで発展を遂げてきた。ASEANは1992年からは「ASEAN自由貿易地域」(AFTA)を推進し、2015年末には「ASEAN経済共同体」(AEC)を創設した。AECでは、ヒト、モノ、カネの自由な行き来を目指している。つまり、新興アジアは、いま、世界で最もグローバリズムが進展しようとしている地域であり、グローバリズムなくしては、これからの新興アジアの発展はありえない。
ところがトランプ次期大統領は、TPPからの離脱を表明し、世界経済の流れを逆行させようとしている。ASEANのような多国間の枠組みより、2国間の交渉を重視するというのだ。となると、新興アジア各国は、今後、トランプ大統領のアメリカと1対1でつきあっていかざるをえない。その不安が、トランプショックによる株価と通貨の下落を加速させたのは言うまでもないだろう。
TPPには、ASEAN10ヵ国からシンガポール、ベトナム、マレーシア、ブルネイの4ヵ国が参加、タイとフィリピンも参加の意向を表明していた。ところがいきなり梯子をはずされてしまった。将来的には、ASEAN諸国とアメリカをはじめとするTPP諸国が自由経済圏になる予定だった。その構想が消滅してしまったのである。
「アメリカがTPPを批准しなければ、TPPは流れます。これでトクするのは、中国です。TPPはこのまま消滅し、代わりに中国中心の自由経済圏であるRCEPが発展するでしょう。ベトナム、カンボジア、ラオスなどは、アメリカよりこちらを選ぶかもしれません」
と言うのは、私の知人の経済アナリストだ。「RCEP」(アールセップ)は、日本では「東アジア地域包括的経済連携」と呼ばれ、ASEAN10ヵ国+中国、日本、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの16ヵ国が参加してFTA交渉を行っている。
ただ、アメリカの離脱でTPPが消滅することは、悪いことばかりではない。TPPによってASEAN諸国が、参加国と不参加国の2つに引き裂きさかれ、ASEANの調和が壊されることがなくなったからだ。これは、文句なしにいいことである。
それでは、ここからは、各国別の状況、反応を見てみよう。まず、トランプ大統領誕生に一番がっかりしたのが、インドネシア、マレーシア、バングラディシュだった。なぜなら、この3国はイスラム国だからだ。トランプ氏はこれまでイスラム教徒の米国入国禁止を訴えるばかりか、イスラム教徒全般に対しても差別発言を繰り返してきた。これは大統領になっても変わらず、アメリカがイスラム敵視政策を取るのは間違いないと思われる。
とすれば、インドネシアはイスラム教徒の人口が世界一多い国だけに、人々の不安は隠せない。「これからはアメリカに自由に行けない。留学もだめになるかもしれない」と言う若者がいる。また、政府も今後のアメリカとどう付き合ったいいのか、迷い続けている。
次に落胆が大きかったのが、ベトナムだ。ベトナムはTPPに参加することで一番恩恵を受けるとされてきたが、その期待が一気に崩れた。フック首相はTPP批准案の国会提出を見送った。TPPによって、ベトナムでは衣料品やスニーカーなどの米国向け輸出の拡大が見込まれていた。日本企業のなかにはそれを見越してベトナムに工場を設置する動きもあった。しかし、この計画はたち消えになった。
ベトナムよりも困惑の度合いは低いが、ASEAN諸国の中には対米輸出に頼っているところがあるので、トランプが本当に関税をかけてくるのかどうか大いに気にするようになった。例えば、タイにとってアメリカは、中国、日本に次ぐ第3位の貿易相手国である。タイからは、車と自動車部品、PC部品、家電などがアメリカに輸出されている。その多くが日本企業によるものだが、これらにもし高率の関税をかけられたら、タイも日本企業もたまったものではない。
こうした懸念は、タイとは輸出品が違うとはいえ、マレーシア、インドネシアでも同じだ。ただし、逆の見方もできる。私はこれまでのトランプ氏の言動を見て、ターゲットは主に中国、そして日本、メキシコなどで、新興アジア諸国は圏外だと思ってきた。となると、もしトランプ新大統領が中国製品に高関税をかければ、それでトクするのは、ベトナムやマレーシアなどになる。つまり、トランプ新大統領の政策が一概に不利益をもたらすとは言えないのだ。
フィリピンの新大統領ドゥテルテ氏は、非常にセンスのいい政治家だ。中国に擦り寄り莫大な援助を引き出しながらも、トランプ氏にエールを送った。ドゥテルテ大統領は、とりあえずトランプ氏の当選を祝福し、今日まで「オレはアメリカとは喧嘩はしない。仲良くやっていきたい」と言い続けている。
さて、ここでよくよく考えてみてほしい。トランプ氏は色々言ってはいるものの、これまで新興アジア諸国についてはなにも言っていない。つまり、先んじて不安がることは無駄ではないかと、私は言いたい。先を見越して市場が動くのもおかしいし、各国政府としてもそんなに懸念することはないだろう。
じつは、トランプ氏は、東南アジアにはまったく興味がないという見方がある。イスラム教徒の排斥といっても、それはISISやシリア、イランなど中東での話で、トランプ氏の頭の中には、インドネシアやマレーシアのことはないという。「じつは、彼はインドネシアが世界最大のイスラム教徒の国ということ知らないはずだ」と、私の知人の米シンクタンクの人間は言う。
ともかく、トランプ新大統領は、就任後は国内問題に専心すると思われる。となれば、新興アジア諸国は、なにも懸念することなどなく、これまで通りやっていけばいい。そうすれば、世界一成長している「新興アジア経済」は、いままで以上に発展していくだろう。
さてさて、新興アジアには、トランプ大統領の誕生で大喜びしている2人の富豪がいる。1人は、フィリピンのホセ・アントニオ氏。もう1人は、インドネシアのハリー・タヌスディビョ氏だ。まずフィリピンのホセ・アントニオ氏だが、彼はトランプ当選が決まったとき万歳をした。なぜなら、アジア初のトランプタワーの建設は彼が引き受けているからだ。トランプ氏は、アジア初のトランプタワーを建てる地をフィリピンとし、場所をマニラのマカティ市と決めた。そして、地元の業者センチュリープロパティズと契約したのである。ホセ・アントニオ氏はこの会社のCEOだ。
不思議なことに、トランプ氏当選の2日前の11月7日、ドゥテルテ大統領はアントニオ氏をアメリカの特別使節に任命している。ちなみに、フィリピンのトランプタワーはほぼ完成している。そして、完成前から部屋は売り出されたので、もう買ってしまった日本の投資家がいる。この人も、今回は大喜びした。
次のハリー・タノスディジョ氏は、インドネシアの財閥MNCグループの総帥である。インドネシアのトランプ(不動産王)と言われる人物で、なんと昨年、トランプ氏が手掛ける最高級ホテル・ブランド「トランプ・ホテル・コレクション」と契約した。この契約をもとに、タノスディジョ氏はいま、バリ島南西部の海岸沿いの土地に、「トランプ・インターナショナルホテル&リゾーツ」を建設中だ。さらに、西部ジャワ州ボゴールにも同じホテル&リゾーツを建てている。いずれも完成は2018年という。このリゾート内には、プロゴルファーのアーニー・エルスが設計するゴルフコースもつくられるそうだ。
というわけで、この2人の富豪は、トランプ新大統領と直接のパイプを持っているので、大喜びなのである。
それでは最後に、カジノの話をしてみたい。なぜカジノかと言えば、トランプ氏は「カジノ」と縁が深いからだ。彼はかつてアトランティクシティでカジノを経営していた。いま、カジノは本場アメリカではふるわないが、その代わりに新興アジア圏のカジノは大いに発展している。新興アジア圏はカジノ国が多い。つまり、トランプ新大統領とは、非常に相性がいいと言えるのだ。
新興アジア圏のカジノ国としてまず挙げられるは、シンガポール。続いてフィリピン、カンボジア、マレーシアだ。タイとインドネシアではカジノは禁止されているが、実際は、非合法カジノが存在している。
このようなカジノ文化がある国々に対して、トランプ新大統領はなにか不利益になるようなことを強要するだろうか? 私はしないと思う。彼は、不動産、カジノ、ゴルフが大好きだからだ。
ところで、日本のソフトバンクの孫正義氏は、12月6日にNYのトランプタワーを訪ね、トランプ次期大統領と会談している。これもカジノつながりである。というのは、この仲介したのが、アメリカのカジノ王のシェルドン・アデルソン氏とされるからだ。
1995年、孫正義氏は、当時アデルソン氏が将有していたコムデックスの株を8.6億ドルで買収している。アデルソン氏はこの資金を元に、ラスベガスでサンズを会社ごと買い、1999年にベネチアン・ホテルをオープンさせた。その後、マカオ、シンガポールとカジノビジネスを拡大し、カジノ王となったのである。このアデルソン氏は、今回のトランプ氏の選挙の最大のサポーター、選挙資金提供者である。
このようなことを見ていくと、トランプ新大統領になっても、新興アジアの成長は止まらないと思える。いまは不安が先行しているが、今後はむしろ、トランプバブルが新興アジアにもやってくると考えるべきだろう。
新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。
投稿更新日:2016年12月26日
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