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【新興ASIAウォッチ/第42回】「ゾミア」は本当に自由の地なのか?知られざるアジアの少数民族

「ゾミア」と呼ばれる地域に住む少数民族

東南アジア、新興アジアで、「少数民族」と言われる人々に出会ったことはないだろうか? ベトナムでもタイでも山岳地帯に行くと多くの少数民族がいて、独自の伝統と文化の中で暮らしている。また、観光地となっているところもあり、そういうところでは彼らのカラフルな独特のファッションや民族の踊りを楽しむことができる。

モン族、カレン族、アカ族、ザオ族、ラオ族、アン族…など、少数民族と言われる民族を挙げていくと、おそらく20を超える。彼らは、主にインドシナ半島のベトナム中央高原からインドの北東部に至る広大な地域、国で言うとベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ビルマ、ミャンマー、インド東部に住んでいて、その人口はおよそ1億人に達しているという。中国の雲南省などもこの地に含まれ、これらの地域を地理学では「ゾミア」(Zomia)と呼んでいる。

このゾミアの人々の多くは文字を持たず、定住農業を営まない。そのため、現代文明から外れた人々と思われている。もっと言えば、彼らの多くは山岳地帯に住んでいるため、「山の民」と蔑まれ、さらに言えば「野蛮人」と見られてきた。しかし、この見方はまったく違っている。

「最後の首刈り族」はなんとアジアにいた

多くの日本人は、新興アジア各国に行っても、少数民族のことなど考えないだろう。たまたまビジネスで彼らに出会ったり、観光でそういう地域に行ったりした人以外、ゾミアの人々のことなどに興味はないだろう。もちろん私もその1人で、ベトナムでモン族出身のビジネスマンに会っても、ミャンマーで北部のカチン族の村出身の大学生に会っても、アジアには色々な民族がいるなあ程度に思ってきた。

しかし、先月、ニューヨーク滞在中にFITミュージアムに行き、ある展示を見たことをきっかけに考えを改めた。このミュージアムはニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)の中にあり、ファッションに関する展示と、毎月いくつかの特別展示を行っている。私が見たのは、その中の一つ「The Last Living Headhunters」(最後の生ける首刈り族)というドキュメント写真とビデオによる展示だった。

首刈り族というのだから、それはアフリカやアマゾンの話だろうと思っていたら、なんとインド西部とミャンマーの国境沿いのナガランドにあるロングワ村という山奥の村に住む「ナガ族」(Naga Tribe)の話だった。彼らのちょっと異様としか言いようがない姿の写真、村を訪ねたときのドキュメントビデオに私は思わず見入ってしまった。ナガ族は、アジアの少数民族の一つであり、ゾミアの人々の一グループである。

彼らはわざと原始的な生き方をしている

発展が目覚しい新興アジアで、なぜいまだにこのような暮らしをする人々が存在するのだろうか? そう思って、FITの展示を見た後、2冊の本を買って読んだ。『ゾミア―脱国家の世界史』(みすず書房 、2013)と、『東南アジア大陸部 山地民の歴史と文化 (東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所歴史・民俗叢書)』(言叢社、2014)である。 この2冊の本を読んで、私の考えはガラッと変わった。

『ゾミア―』には、次のような記述があった。
「山岳部族は、人類史の初期段階の残存者で、それは、水田稲作農耕を発見し、文字を学び、文明の技巧を発展させ、仏教を取り入れる前の人々…と考えるのは間違いである。…定住型農耕と国家様式の発明に失敗した古代社会ではない」

つまり、ゾミアの人々は、大昔からいまのような暮らしをしているわけではなく、彼らがそういう暮らしをするようになったのには、それなりの理由があるというのだ。具体的に言うと、彼らは国家という枠組みから逃れるために、山岳地帯に移り住み、そこに適した暮らし方として、原始的な生き方をわざとしているというのだ。もちろん、前記した首刈り族は例外だが、ほとんどの少数民族はそうなのだという。

山岳民族は中国の国家支配から逃れてきた人々

日本にいると、私たちは生まれながらに日本国民であり、国境は海であるから、国家という枠組みの中で暮らすことが当たり前だと思っている。しかし、大陸のような地続きのところは、なにかことがあれば民族の移動が起こる。じつは、人類の歴史は、こちらの方が自然で、国家は後からできた。

例えば、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーなどの山岳地帯には「モン族」と呼ばれる山岳民族がいる。彼らはその華やかな色とりどりの衣装や風俗習慣から大きく「花モン族」「白モン族」「黒モン族」「青モン族」の4つのグループに分けられるが、そのルーツは中国南部、雲南省、貴州省、四川省の「苗(ミャオ)族」だという。彼らは300年ほど前から、中国の支配から逃れ、インドシナ半島に南下してきた民族集団である。

彼らは、もともとは農耕民であったが、国家に収穫を把握されやすい水稲耕作をやめて、山岳地帯に適応した焼き畑で食べ物を確保するようになった。そうして、点々と住処を変えて、山地で採取した産物を平地の民と交易して生計を立ててきた。つまり、「ゾミア」は、彼らにとっての「自由の地」だというのだ。

ゾミアは国家権力が及ばないタックスヘイブン

ゾミアの少数民族の多くは、明確な家系を持っていない。したがって、部族社会のようなものも成立していない。だから、特定の支配者もいない。また、色々な言語を話すので、どれが母語とすら特定できない。つまり、彼らは全員が平等という文化の下で、あらゆる権力から自由になって暮らしている。要するに「自由民」ということだが、私が惹かれたのは、彼らには国家に対する義務がまったくないことだ。

つまり、税金を払わなくもいいのだ。彼らはベトナムにいても、ベトナムという国家に税金を払っていない。特定の住所がないし、組織にもなっていないのだから、国家は徴税することができない。なんと、ゾミアはタックスヘイブンとも言えるわけだ。

『ゾミア―』の著者のジェームズ・C・スコットはこう述べている。
「原始的な民族は、わざわざ、そのような生活習慣を選ぶことで、国家による束縛を逃れている」「ゾミアは、国民国家に完全に統合されていない人々がいまだ残存する、世界で最も大きな地域である」

もう1冊の『東南アジア大陸部 山地民の歴史と文化―』は、『ゾミア―』 への反論本である。「本当に山地民は国家への反逆意思をもち、アナーキーな状態なのだろうか」と疑問を呈し、いくつかの少数民族に対するフィールドワークによって、その実態を浮き彫りにしている。ただ、研究書のため、本格的な興味がないと読むのに根気がいる。いずれにせよ、ゾミアの少数民族は、私たちが生きる国家とはなにか?文明とはなにか?ということを根本から考えさせてくれる。

ベトナム戦争で同族同士が戦った「モン族の悲劇」

ところで、こうした少数民族の歴史に付け加えておかなければならいことがある。それは、彼らの一部がいまアメリカで暮らしているということだ。例えばモン族は、20万人ほどが居住し、カリフォルニア、ミネソタ、ウィスコンシンなどには、モン族のコミュニティが存在する。とくにミネソタのツインシティにはモン文化センターがあり、世界各地のモン族の中心地になっている。

なぜ、彼らはアメリカにいるのだろうか?
それは、彼らがベトナム戦争で、戦闘員として駆り出されたからである。当時、アメリカはラオス国内にある「ホー・チ・ミン・ルート」(北が南の解放戦線に物資を輸送するルート)を叩くため、山岳地帯に長けたモン族を高額報酬で雇って、特殊部隊を組織した。彼らはアメリカ軍の先兵として北ベトナム軍やラオス愛国戦線(パテト・ラオ)と戦ったが、北ベトナム軍やパテト・ラオ側もモン族部隊を組織したため、同族同士が殺し合う悲劇が起こった。

ベトナム戦争終結後、彼らはアメリカ軍に見捨てられてしまう。それを救ったのがタイで、彼らは一時、タイの難民キャンプに逃れた。その後、ここから、10数万人のモン族がアメリカ入国を許可されて、アメリカに移住することになったのである。

これが、「モン族の悲劇」と言われる歴史である。結局、国家と文明を拒否した彼らだが、いまはアメリカ人として現代文明の中で暮らすことになってしまった。もはや、世界には本当の意味で「自由な地」は存在しないということなのだろうか?

新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2016年11月25日


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