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【新興ASIAウォッチ/第30回】スーチー氏はミャンマーを変えられるのか?

■スーチー氏のNLDは勝ったが、民主化と経済は別
総選挙前のヤンゴンの街は、メディアが伝えるほど「民主化運動」が盛り上がっていなかった。日本企業と関係がある上流ビジネスマンは別として、一般の人々は選挙にはあまり関心がないようだった。私が話をした一般の人々、たとえば観光ガイド、日本関連企業の従業員、街の商店の店主、飲食店の従業員や客、学生たちなどは、「スーチーさんのNLDが勝つはずです」と口を揃えた。しかし、よく聞いてみると、NLDにどんな候補者がいるかほとんど知らなかった。

ヤンゴン市内は、改革開放が進んで建設ラッシュが続いている。道路はひどく渋滞し、街の商店も賑わっている。新しくできたショッピングセンターは客で溢れている。しかし、選挙運動のほうには、そうした活気が感じられなかった。やはり、人々の関心は経済、つまりおカネだった。「NLDが勝ったからといって、それで経済がもっとよくなるかどうかよくわからない」と言うのである。

ミャンマーの民主化運動が盛り上がったのは、7、8年前だ。私たち日本人がいちばん覚えているのは、2007年9月に、ジャーナリストの長井健司氏が僧侶や市民の反政府デモを取材中に、国軍兵士に至近距離から銃撃されて死亡した事件だ。あのときと比べたら、今回の選挙は「民主化運動」というには程遠かった。なぜなのだろうか?


■「候補者の個別取材には応じられない」と断られる
多くのメディアは、今回の選挙を「ミャンマー国民が変革を求めた」と伝えた。つまり、テインセイン大統領が訴えた「着実な民主化改革の継続」ではなく、スーチー氏が掲げた「チェンジ(変革)」が勝ったのである。これは、裏を返せば、「ともかく変わるならなんでもいい」ということ。政策などは争点になっていなかったということだ。

この点はスーチー氏もわかっていて、遊説の際には「候補者個人ではなく、党の名前で投票してほしい」と繰り返していた。また、候補者は「玉石混淆。勝ったら私が責任を持って教育する」と言っていた。だから、私たちジャーナリストが候補者への取材を申し込んでも、「候補者の個別取材には応じられない」と断られた。

そして、選挙での勝利が確定的になったとき、記者会見で憲法上スーチー氏の就任が禁じられていることを質問されると、「私が大統領の上に立ち、すべてを決定する」と答えた。これには、多くの記者が驚くとともに、不安を感じた。「スーチー独裁政権が誕生するのか」という気配を感じ取ったからだ。


■父親と同じように日本には親しみを感じている?
スーチー氏の新政権は2016年4月に発足する。しかし、いまのところ、どうなるのかはまったくの未知数。なにしろ、NLDの議員たちは素人ばかりだからだ。
「田舎から当選して出てきて、いきなり改革ができるとは思えない。だから、様子を見るしかありませんね」と言う日系企業の幹部の言葉は印象に残った。 それでも、ミャンマーの日系企業の人間たちは、おしなべて楽観的だった。
「ミャンマー人と日本人は相性がいいんです。ミャンマー人は親日家が多く、新しいものをどんどん受け入れようとしていますからね。スーチー氏が親日家かどうかはわかりませんが、経歴を見る限り少なくとも日本に冷たいということはないでしょう」

よく知られているように、スーチー氏の父親のアウンサン将軍は“ビルマ建国の父”と呼ばれ、日本とも繋がりの深かった人物である。第二次大戦中は、日本に渡り「面田紋次」という日本名を名乗って、日本の援助の下にイギリスからの独立運動に邁進した。しかし、日本が劣勢となると、再びイギリスと組んで日本軍を追い出した。ただし、アウンサン将軍は、日本人将校を殺さないように指示し、戦後も日本人捕虜の帰国を支援した。

その娘であるスーチー氏は、インドとイギリスで教育を受け、イギリス人と結婚したが、滞日経験もあるので、父親と同じように日本には親しみを感じているものと思われる。ただし、これまでの軍事政権が後ろ盾としてきた中国との関係を薄めるとも思えない。スーチー氏は6月に習近平国家主席と友好的に会談している。中国の国家主席が外国の野党首脳と会うのは異例で、中国にとっていかにミャンマーが大事かを物語っている。


■企業から一般国民までほとんど税金を払っていない
では、今後、ミャンマーはどうなっていくのか?
「その鍵は、税収にある」と言うのは、私が取材したある日系企業人だ。彼はミャンマー経験が長く、この国の裏表をつぶさに見てきた。その彼がいちばん驚いたのは、この国では多くの国民が税金を払っていないということだった。

「企業から一般国民までほとんど税金を払っていないんです。これには本当に驚きました。ミャンマーでは法人税と消費税(商業税)が主な税収ですが、一般国民の月収は2万円ほどですので、この月収だと所得税が免除です。ミャンマーの国民総所得は年間1270ドル(約16万円)なので、国民のほとんどが課税の対象外です。 では、企業はどうかというと、これが、脱税が横行している。たいていの会社は帳簿をいくつも持っていて、税務署には表の帳簿だけを見せている。税務署が来ても、表の帳簿だけ見せて、なにか問題があったら賄賂を握らせて終わりです」

ミャンマーはいまだに現金社会で、銀行口座を持っている個人は少ない。会社も同じで、銀行に会社口座はなく、出入金は会社の幹部が持っている個人口座を通して行われているというのだ。


■いまだに賄賂(アンダーテーブル)、裏金が横行
調べてみると、ミャンマーで法人登記をしている会社は約3万社あるが、その半分は法人税すら払っていない。そのせいか、ミャンマーの税収は2013年度で約3兆4000億チャット(約3400億円)と少なく、その歳入の大半は国営企業が営む天然ガス輸出の収入となっている。これで、軍事政権が運営されてきたわけだが、その裏でどの程度の現金が動いていたのかは誰にもわからない。ミャンマーの公務員や労働者は国や会社から受け取る給料以外に、その倍ほどの賄賂(アンダーテーブル)、裏金などを得ているという。

国際非政府組織(NGO)が発表した「世界汚職撲滅度ランキング」によると、ミャンマーは東南アジア諸国で最悪の156位である。東南アジア諸国では、いまだに賄賂や裏金が横行しているが、ミャンマーがいちばんひどい状況にある。アジア開発銀行の公式統計によると、ミャンマーの税収のGDP比は、わずか6.3%。隣国のタイは16.5%だから、驚くほど低い。

「こうしたところをスーチーさんが変えて、ともかく国の税収を多くしないと、ミャンマーはやっていけないでしょう。改革するなら民主化というより、まず裏経済を抑えこみ、透明性のある経済にすることです。そうしないと、少なくとも欧米や日本企業はこれ以上投資しないでしょう」


■「アジア最後のフロンティア」の発展は教育にかかる
ヤンゴン郊外には日本政府の肝いりでティラワという経済特区ができ、ここにはすでに丸紅をはじめ、住友商事、双日といった日本企業が進出している。改革開放が始まってから、ヤンゴンの日本人の人口も増え、いまでは1000人以上に達して、日本語情報誌も出ている。日系企業に雇われているあるミャンマー人の若者に聞くと、「日本の会社はちゃんと給料を払ってくれるし、評価も公平にしてくれる。ミャンマーの会社はそうでない」と言う。

そんな彼が期待しているのは、スーチー政権の誕生でこの国の教育が変わることだ。
「私が受けてきた教育は最低でした。シンガポールに行って、ミャンマーの大学はほかの国の大学と比べたら高校に過ぎないと思いました。スーチーさんは選挙公約で、『国際基準の大学教育に向けて努力する』とすると言いっていました。だから、教育も変わる。そうすれば、この国も変わるでしょう」
「アジア最後のフロンティア」の発展は、若者の教育にかかっていると言えるだろう。


■多様な文化を背景にして、若者たちはみな明るい
ヤンゴンは、“ガーデンシティ”と呼ばれるように、緑が多い美しい街である。そして、その街には、アジアや欧米、中国などの文化が入り混ざって存在している。ミャンマーは、中国大陸とインド亜大陸に挟まれているため、それらの影響を強く受けてきた。インド系の住民もいれば、中国系の華僑もいる。隣国のタイからも多くのビジネスマンが入り込んでいる。これらがミャンマー独特の文化をつくっている。

たとえばカレーにしても、香辛料の利いたインドカレーからタイのグリーンカレー、ミャンマー独特のココナッツ入りのカレー、中華風味のカレーと多種多彩だ。このような多様な文化を背景にして、スーチー政権は改革を進めていくことになるが、その前途は山あり谷ありとしても、明るいのではないかというのが、私の印象である。なにより、今回の取材で出会った若者たちは、みな明るく生き生きしていた。


新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2015年11月25日


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