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誰もが「そうだ」と納得するのが、日本のトイレが世界一だということ。とくに、「ウォッシュレット」(TOTOの製品名、LIXILでは「シャワートイレ」と言っている。正式には「温水洗浄便座」と呼ぶ)は、日本が誇る一種の“文明”とさえ、私は思っている。
最近のウォッシュレットの進化はすごい。スマホ1台で操作ができるし、トイレに入っただけで自動的に照明が点き、便座のカバーが開いてスタンバイOKとなる。そして用を足した後は、ノズルが自動的に除菌水で除菌され、便器内も除菌水の噴霧によって清潔に保たれる。また、臭いも脱臭機能によって除去される。こんなトイレを毎日使っていれば、これがないと生活できなくなると言っても過言でない。実際、私は、外出先でトイレに入ったとき、ウォッシュレットでないと、かなりがっかりする。
しかし、ウォッシュレットは海外ではほとんどお目にかからない。TOTOによると、日本の家庭の普及率は76%というが、欧米を含めた海外の家庭ではまったく普及していない。例外は最近の中国で、家を建てたときにトイレをウォッシュレットにすると人を呼んで自慢できるので、普及率が日毎に高まっている。実際、TOTOの海外販売データは、中国がダントツで1位である。では、経済発展目覚ましい新興アジア地域はどうだろうか?
日本でも海外でも、トイレの清潔さは経済成長と連動する。例えば、水洗トイレの普及率は、GDP成長率より重要な経済指数である(と私は思う)。しかし、エコノミストも投資家もあまりこれを重視しない。そのせいか、先進諸国をのぞいて、「水洗トイレ普及率」という数値データはほぼない。
あるのは、汚水を処理する下水道の普及率のような関連データばかりで、仕方ないのでそれを基に推察すると、新興アジア各国の水洗トイレ普及率は、日本に遠く及ばない。都市部を除けば、間違いなく50%には達していないだろう。なぜなら、下水道普及率はタイで約20%、ベトナムで約30%、フィリピンで約40%とされているからだ。もちろん、先進都市国家シンガポールだけは例外だ。シンガポールは「水国家」でもあり、ほぼ100%と言っていいし、水道水も日本と同じように飲用できる。ちなみに日本の水洗トイレ普及率は約90%である。
欧米諸国もほぼ水洗トイレで、私はアメリカで「汲み取り式」のトイレを見かけたことは1度しかない。それもかなり昔、ロッキーマウンテン国立公園内の公共トイレだった。しかし、アジア圏はいまだに都市部を外れると、汲み取り式で便器も日本の和式型と同じく、しゃがんでしなければならないトイレが残っている。とくに、インドはひどい。
国連によると、世界では約25億人が家庭にトイレを持っておらず、不衛生な環境が原因で死亡する5歳未満の子どもの数は毎年75万人以上に上るという。さすがに、新興アジア圏はこの状況を脱したが、それでも、貧しい地域に行くとトイレは汚い。
もちろん、日本人観光客が行く大都市、観光地などは違う。空港、ホテル、レストラン、ショッピングモール、公共施設などは、もう100%水洗だ。ただし、温水洗浄便座はない。日本ではホテルのトイレはほぼウォシュレットだが、新興アジア圏では5つ星ホテルでさえウォシュレットがない。
シンガポールでトイレがウォシュレットなのは、シャングリラとマリオット、サウスビーチぐらい。クアラルンプールだとインターコンチネンタル、バンコクだとクラウンプラザ、メリディアン、ウェスティングランデなどがウォシュレットだが、それ以外のホテルはみな一般的な水洗式便器だ。
これは欧米も同じで、アメリカの場合、ハワイを除いてニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴなどでは、5つ星ホテルでもウォッシュレットはない。私の体験では、ニューヨークの場合、ウォッシュレットだったのは日系ホテルのホテルキタノだけだ。
なぜ、世界で温水洗浄便座が普及しないのか?欧米の場合、とくにアメリカでは、温水洗浄便座はじつは不潔だと思われているようだ。あるアメリカ女性から、「不特定多数の人がお尻を洗うマシンなど、とても使えない」と聞かされたことがある。とくに公共トイレの場合、「お尻を洗う」ということ自体が考えられないらしい。じつは、私の家内も同じように見ていて、私と違ってウォッシュレットをあまり好きではない。
ところが、東南アジアの場合、欧米とは違った理由で温水洗浄便座は普及していない。この地域で暮らしたり、ビジネスや旅行でたびたび訪れたりした人はよく知っていると思うが、じつは東南アジアには“独自のウォッシュレット”がある。タイ、ベトナム、マレーシア、カンボジア、シンガポールなどの国々では、なんとトイレにハンドシャワー(ノズル式)が付いている。このハンドシャワーで、用を足した後はお尻を洗う。そして、トイレットペーパーで拭くというのが、この地域の慣習だ。
つまり、東南アジアには「お尻を洗う」という文化がある。ただし、そのせいか、トイレットペーパーはトイレに流さず、備え付きの「汚物入れ」に捨てる。といっても、それはもうひと昔前のことで、家庭では現在もそうかもしれないが、都市部のホテルなどではトイレットペーパーは日本と同じように、そのまま流せる。
東南アジアの国のトイレで初めてハンドシャワーに出くわすと、多くの日本人は戸惑う。私もそうだった。見るとトイレの脇にホースがついていて、シャワーのようなノズルがある。そこで、ノズルを捻ると水が出てくる。そうか、これでお尻を洗うのかとわかるまで、しばらく時間がかかった。しかし、使ってみると、手で操作できるので、角度を簡単に操作できて便利だった。「これならウォッシュレットは普及しないかも」と思ったものだ。
しかもこのハンドシャワーは、バンコクだと、スーパーで200バーツ(約600円)ぐらいで売っている。要するにすぐに取り付けられるし、交換できるし、電気も必要としないのである。とはいえ、やはり慣れてしまうと、オートマティックな日本のウォッシュレットの方が、はるかに便利で心地いいのは確かだ。
それに、あまり書きたくないが、じつは不衛生ということがある。というのは、公共トイレの場合、入ってみるとこのシャワーの水で床が濡れていることが多い。よって、たとえ乾いていても床にカバンなどを絶対に置いてはいけない。
新興アジア圏の経済は順調に成長している。すでに先進国になったシンガポールを除いて、タイ、シンガポール、インドネシア、フィリピンは中進国レベルに達し、行くたびに街が変貌し、それに伴いトイレが日毎にキレイになっている。
私は昭和30年代に幼少期を送ったが、当時、自宅のトイレは汲み取り式だった。役場、図書館などの公共トイレ、映画館などのトイレもみなそうだった。そのため、街ではバキュームカーをしょっちゅう見かけた。それが、1964年(昭和39年)の東京オリンピックごろから、大きく変わり、水洗トイレが普及し始めた。
資料によると、日本の洋式の水洗トイレ普及の先駆けは、1959年に日本住宅公団が洋風便器を採用したことだという。TOTOによると、和式便器と洋式便器の出荷台数が逆転したのは1977年。また、温水洗浄便座は、もともと欧米で医療用として販売されていた製品を、1964年に輸入販売したのが始まりという。そうして、1967年に伊奈製陶(現・LIXIL)により国産化され、1980年に、ついにいまにつながるTOTOのウォシュレットが登場している。
このような経緯を振り返ると、新興アジア圏はいま、日本の1980年代を迎えようとしていると見ていいと思う。ただし、その成長のスピードは当時の比ではない。あと10年もしたら、ほとんどの家庭のトイレが水洗になり、都市部では温水式洗浄便座が当たり前になっているだろう。日本人の私としては、世界中のトイレがウォシュレットになってほしいと願っている。
新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。
投稿更新日:2017年11月27日
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