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ASEAN諸国の中でも経済成長が目覚ましいベトナムが、国産車づくりに挑戦すると発表し、大きな話題になっている。挑戦するのは、ベトナム最大手の不動産会社のビングループで、この9月2日、北部ハイフォンで自動車工場の起工式典を行った。この式典にはグエン・スアン・フック首相が参加し、「国産車をつくるプロジェクトは愛国的で尊敬に値する画期的なことだ」と絶賛。政府も力強くバックアップしていくことを宣言した。
ビングループが発表したところによると、独自開発するベトナム初の国産車のブランド名は「ビンファースト」。式典を行ったハイフォンの経済特区に確保した335ヘクタールの土地に、今後、車体、エンジンの組み立て、塗装などの製造ラインを建設していくという。そして、早ければ2018年後半に電動バイクを製造し、2019年後半には5人乗りセダン、7人乗りのSUV(多目的スポーツ車)を年間10万~20万台生産。最終的には、2025年に年間50万台を生産するというのだ。
まさに、大風呂敷を広げたような話だが、その後、ビングループは独シーメンスと提携し、さらにボッシュのベトナム法人の幹部をヘッドハントして、計画は動き出した。いまや世界の自動車の流れは完全にEV(電気自動車)となったので、このドイツ勢との提携は、EV生産を見据えたものであるのは間違いないだろう。
しかし、ほとんどゼロからの立ち上げであるから、いくらドイツから技術供与を受けたとしても、7、8年で、国産車が年間50万台も生産できるものだろうか?
今回、まったく声がかからなかった日系メーカーの幹部に話を聞いた。
「発表されたことだけではわかりませんが、まず難しいと思いますよ。技術習得だけでもかなりの時間がかかるわけだし、部品のサプライチェーンもできていない中で、どうするのでしょうか?現地調達率60%を目指すと言っていますが、最初はすべて輸入でしょう。来年からASEANで自動車部品の関税が引き下げられるので、それを狙っているとしか思えません。あとは、政府の援助をどこまで引っ張れるかでしょう。いずれにしても、ハコはつくれますが、人材がいなければモノはつくれません」
ベトナムでは、経済特区で新設した会社、あるいは産業をリードすると国が認めた会社は、従来の25%の法人税が15年間にわたり10%に軽減されることになっている。さらに、政府は、自動車部品にかけられる特別消費税を国内製に限って全額免除することを検討しているという。ビングループはこのような優遇措置の恩恵を念頭に、国内の自動車市場の発展を見据えたのだろう。
まだまだバイクが市民の足のベトナムだが、自動車市場は昨年ついに30万台を突破した。ベトナムの自動車市場は、ここ10年間で、2年で倍増するというすごい伸び方となっている。ただ、この市場のほとんどは、現在、日本車が抑えている。ASEAN諸国のどこに行っても走っている車の多くが日本車という、日本人にとって誇らしい状況は、ベトナムでも同じだ。
この状況に食い込んで、はたして初の国産車はシェアを奪えるのだろうか? 奪えるとしたら、まずは、税金などの優遇措置を活かして、徹底した低価格車を生産することだろう。
ベトナムにはすでに、自動車メーカーが存在する。ベトナム唯一の大手といえるチュオンハイ自動車(THACO)という会社だが、この会社は受託生産が中心だ。ノックダウン方式と呼ばれる、海外から部品を輸入して組み立てる方式で、主に日本のマツダ、韓国ヒュンダイ、仏プジョーなどの車を生産している。そのかたわらで、独自にトラック、バスも生産しているが、技術は持っていない。
日系メーカーの幹部が、ベトナムの国産車づくりへの挑戦を冷ややかに見るのには、技術や人材以外の理由もある。それは、これまで東南アジアの国々で、国産車の製造に乗り出したのはマレーシアとインドネシアの2ヵ国しかなく、インドネシアは大失敗、マレーシアは成功したしたもの、いまはかろうじて生産を続けているだけだからだ。
マレーシアでは、1980年代、マハティール首相が提唱して、国家の全面バックアップのもとに、日本の三菱自動車と提携して「プロントン」という国産車メーカーを立ち上げた。そうして、三菱の「ミラージュ」をベースに「SAGA」という国産車の生産を開始し、その後、仏シトロエンや英ローバーとも提携して技術力をつけ、2000年代になるとほぼ独自生産が可能になった。
マレーシアでは1993年にもう1社、日本のダイハツとの合弁で「プロドゥア」という自動車メーカーがつくられた。この2社は、プロントンが普通車、プロドゥアが小型車と棲み分けることで発展し、一時、国内市場で日本勢を追い落とすところまできた。しかし、ここ数年、プロントンの方は大きく失速して、この5月には、中国の吉利汽車に株式の49.9%を売却して支援を受けることになった。
インドネシアは、1996年にスハルト大統領が国産車構想をぶち上げ、韓国の起亜自動車と提携して「ティーモール・プトラ」という自動車メーカーを立ち上げた。そうして、国産ブランド車「ティモール」を生産したが、アジア通貨危機の影響もあって、わずか4年後、2000年に経営破綻してしまった。
このような歴史を見ると、日系メーカー幹部の悲観的な見方はうなずける。彼は、続けてさらにこう言った。
「私たちは昔、韓国、中国をバカにしていました。模倣するだけで技術がないので、できるのは結局、コピー車だけ。完成車なんかできっこないと思っていました。しかし、彼らはどんなにバカにされても、貪欲で、儲けようと必死に追いついてきたのです。ところが、ASEAN諸国に人たちには、その貪欲さがないように思えますね。気候のせいでしょうか。ベトナム人はとくにそうですね。だから、追いつけっこないと思いますよ」
しかし、ここで私は、それは20世紀までの話で、21世紀は違うと言ってみたい。なぜなら、21世紀の主役がEVと決まった以上、それはガソリン車とはまったくの別のモノだからだ。
まず、EVは構造が単純だから部品数が減る。そして、その部品を使って行う組み立ても、日本が得意しとしてきた「すり合わせ」技術は必要ではなく、「モジュール生産」で行えるのだ。 パソコンと同じようように、簡単に組み立て生産できるのだ。
EVに必要なバッテリー、モーター、インバーターなどの主要部品は、現在、それぞれ別の会社がつくっている。とくに、もっとも重要とされるバッテリーは電気メーカーがつくり、1回の充電による走行距離も劇的に伸びるようになった。いずれにしても、車は精巧な技術の塊ではなくなり、コモディティ化する。
さらに、EVは自動運転車になる可能性が大だ。となると、自動車メーカーよりも重要なのはIT産業と、ソフトウェアなどを開発する産業だ。つまり、従来のすべて自前でつくるという巨大な自動車メーカーは必要なくなるのである。こうした中で、新しく国産づくりを始めるベトナムを、従来の見方で見ていいのだろうか? 2025年、「ビンファースト」は、国内で、日本車を駆逐しているかもしれない。
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※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。
投稿更新日:2017年10月02日
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