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この9月から、日本では一気に円安が進んだ。いまや1ドル110円になる勢いである。そんな中、アジア各国の通貨も下落している。とくに韓国ウォンは、米ドルに対して1%も下落した。マレーシアリンギット、インドネシアルピア、シンガポールドル、タイバーツも下落した。これは、「下落」というより、米ドルが一方的に「上昇」しているということで、米ドルが各国の通貨に対して高くなっているということだ。
新興アジアのこれまでの成長は、世界中から投資が集まったことによる。しかし、ドル高ということは、資金がドルに回帰しているということだから、今後の新興アジアの発展に少なからず影響が出る。そこで、今回は、新興アジアの通貨事情の今後に関して、おおまかに述べてみたい。
まず、なんでドル高になったのか? その原因についてだが、これはアメリカ経済が強くなってきたからだ。先進国経済の中で、いまやアメリカは一人勝ちになりつつある。9月15日に発表された経済協力開発機構(OECD)のレポートを見ると、このことははっきりする。OECDでは、2015年の先進国のGDP成長率を次のようにしている。
アメリカ3.2%、日本1.4%、ドイツ2.0%、イギリス2.3%、フランス1.5%、(ユーロ圏全体1.3%)
アメリカがすべての先進国を上回っている。日本もユーロ圏も1%台と低く、アメリカの半分以下である。しかも、今年度(2014年度)の年間予測は、アメリカ以外はみな下方修正され、ユーロ圏は0.7%、日本は0.9%となっている。これではドル高になるのは当然と言えるだろう。
このようなアメリカ経済の好調は、アメリカの消費が大幅に回復してきたからである。そのため、連邦準備制度理事会(FRB)は、これまで続けてきた「量的緩和」(QE)を10月いっぱいで終了することを発表した。量的緩和というのは、リーマンショック後の非常時の金融政策で、FRBが債券を買入れるというもの。こうして市中に大量のドルを供給してきたが、これを平常時に戻すことにしたのだ。
つまり、今後はドルの流通量が減る。これに対して、日本やEUは量的緩和を続けているのだから、当然、ドルはすべての通貨に対して高くなる。さらに、このあとはドルの金利が上がる。これまで、FRBは来年半ば過ぎに「フェデラルファンズ・レート」(アメリカの政策金利)を引き上げるとしてきたが、それが早まるのが確実になった。
FRBはその時期を明言してはいない。しかし、すでにフェデラルファンズ・レートを今後どのように誘導してゆくのか、その手法が披露されている。それによると、ミューチャルファンドとレポ契約するなどの方法を使い、金利を一定のレンジの中に収めるという。となると、来年3月、4月には金利は上がるのは間違いない。
市場はFRBの動きを見ながら動くが、大体半年先の市場動向を予測して、現在が決まる。つまり、ドルの金利上昇を見越してドルが買われるようになったのである。
ドル高というと、20年前の約3年間(1995年から1998年)に渡る「ドル高」が思い出される。このとき、アジアではタイバーツの暴落に端を発する「アジア通貨危機」が起こった。ただし、当時のドル高はクリントン政権の政策によるもので、今回のような世界の経済発展格差、金融政策の違いが生み出したものではない。しかも、1990年代といまでは、金融市場のシステムも大きく変化している。いまやヘッジファンドもアルゴリズム取引が一般的になり、取引自体もHFT(超高速取引)である。
また、当時は新興アジア各国の通貨は、フィリピンを除いてドルペッグ制を採用していた。これは固定相場制だから、ドル安だと通貨は比較的安定する。そうして、金利を高めに誘導すると、利ざやを求める外国資本の流入が起こり、それで経済発展ができた。しかし、ドル高になってこれが逆回転し、そこをヘッジファンドが突いたのがアジア通貨危機だった。しかし、いまや各国通貨は、いちおう変動相場制を採用している。つまり、ドル高だけでは、かつてのような危機は起きない。国外からの流入資金は減るが、市場の成長が維持されているので、問題は起らないと思える。(ちなみに当時の日本は橋本龍太郎内閣で、1998年には1ドル=147円まで円安が進んだ)
とはいえ、ドルが高くなるということは、自国通貨よりドルを持っていたほうがいいということだ。個人資産家なら、投資資金をますますドルベースにするだろう。新興アジアにはインド、ベトナム、インドネシアなど、政策金利が7%を超えている国もあるが、通貨投資をしないなら、やはり資金や預金は、今後はドルにしておいた方がいいと私は思う。
なぜなら、もともと新興アジアは、「米ドル経済圏」だからだ。日本にいると、事実上日本円以外使えないので、円の動向ばかりを気にしてしまう。しかし、世界経済はドルで動いていて、世界の資産はほぼドルでカウントされている。新興アジア各国の資産も同じだ。
基軸通貨ドルに準じる国際通貨(ユーロ、日本円など)以外の通貨は、保持するリスクが大きい。これは、通貨を両替してみればわかる。通貨をいいレートで両替するには、相対的に弱い側の通貨の国で両替するのが基本だ。たとえばフィリピンペソやベトナムドンは日本でも両替可能だが、日本で両替するとレートが高い。だから、現地で円をフィリピンペソやベトナムドンに替えるのが常識だ。たまに、成田や関空で円を、新興アジアの国の現地通貨に両替している旅行者を見かけるが、残念ながら、この人たちはソンをしている。日本では米ドル、ユーロ以外は両替すべきではない。
新興アジアが「米ドル経済圏」と述べたが、いまでも確実にそうなのが、カンボジア、ラオス、ミャンマーだ。これに次ぐのが、ベトナム、フィリピンである。これらの国では、自国通貨よりドルのほうが信用される。
カンボジアはプノンペン、シュームリープ(アンコールワットのゲートシティ)なら、どこでもドルが使える。現地の店でもドルで価格表示しているところがある。私は現地通貨のリエルに一度も両替したことがない。なぜなら、ドルで払えば、お釣りでリエルが返ってくるからだ。
ラオスはもっとすごい。ドルはもちろん、タイのバーツもそのまま使える。現地通貨キープは信用が低く、国外では隣国のタイでも両替してくれないので、この国に行くときはドルを持って行くのがいちばんだ。ラオスでスーパーや市場に行くと、売っているものによって価格表示の通貨が違う。たとえば、Tシャツ、サンダルなどはタイバーツ表示、シャンプーや石けん、野菜などはキープ表示である。そして、不動産やクルマなどの価格の高いものはドル表示となっている。
ミャンマーもドルがそのまま使える。むしろ、ドルのほうが信用される。ホテルでの宿泊代、乗り物のチケット代、観光施設や博物館の入場料などは、ミャンマーの通貨チャットではなくドルでの支払いを要求されることが多い。ヤンゴン市内の両替所で両替してくれるのは、米ドル、シンガポールドル、ユーロの3つのみ。日本円は一部高級ホテルでしか両替できない。
ミャンマーがすごいのは、ドル紙幣でも古くて汚れていると受け取ってもらえないことだ。これは、昔からの習慣といい、ミャンマー人は同じドル紙幣でも新札を選ぶのである。また、ドル表示のものをチャットで払うと、なんと両替のレート以上のチャットを支払わなければならない。だから結局、ドルで支払った方がトクになる。
ベトナムもホーチミン、ハノイともドルが使える。ただし、旅行会社、ホテル、外国人向け商店以外はほぼ価格はドン表示になっている。ドン表示しかない小さな店では、ドルで払うと割高になるので、こちらはドンで払うほうがいい。スーパーなどの日常品は、やはりドンだ。しかし、大きな買い物の場合は、ドルの方ほうがいい。というのは、ベトナムドンは両替すると札束になり、財布に入りきらなくなってしまうからだ。なにしろ、ベトナムドンは、1ドル(便宜的に100円として)を両替すると約2万ドンになってしまう。
フィリピン、インドネシア、インド、バングラデッシュでも、旅行者向けの店、および高級店ならドルが使える。もちろん、アジア全域の主要空港ならどこでもドルが使える。ただし、インドでもミャンマーと同じく、汚れた中古のドル紙幣は受け取ってくれない。
ドルが現地の日常生活でほとんど使えないのは、シンガポール、タイ、マレーシアなどだ。シンガポールドルと米ドルのレートは日々変るが、レートが変わらない通貨がある。それは、ブルネイドルで、ブルネイドルはシンガポールドルとペッグされているので、そのままシンガポールで使える。この逆も当然ありだ。新興アジア通貨のなかでいちばん強いのがシンガポールドルで、隣国マレーシアのジョホールならそのまま使える。
タイの場合、空港や、両替のできるホテルを除いて、ドルは使えない。タイバーツは、いまは完全変動相場制なので、毎日レートが変化する。タイは外貨の持ち込みは自由だが、ドルを持ち出す場合は、2万ドル以上は申告義務がある。
フィリピンの場合、1万ドル以上を持ち込む場合でも申告義務がある。そこで、いくらドルが使えるからといって、旅行で行く場合は高額を持ち込むときは注意が必要だ。もっとも、オーバーキャッシュで没収されたという話はほとんど聞かない。いずれにしても、新興アジア各国で現地生活、ビジネス、取引、資産の直接運用しない限りは、現地通貨はほぼ必要ない。
アメリカ経済の復活はホンモノだ。今後、シェールガス革命とIT・バイオ・イノベーションにより、経済は成長軌道に乗る。2015年から世界は、アメリカ1極支配に向かっていくと、私は思っている。中東やウクライナなどに不安定要因はあるが、それは政治リスクで、世界経済はアメリカ中心にまわり、残念ながら日本の長期衰退は続く。
したがって、今後も新興アジア各国の通貨は米ドルに対しては弱含みで推移していくだろう。その結果、新興アジアの経済成長はスローダウンするのは間違いない。しかし、2003~07年にかけての成長が驚異的すぎたのだから、それは例外だと考えれば、平均的な成長に戻るだけのことだ。ただし、量的緩和によりNY株価は上がり過ぎていて、今後は金融政策が平時に戻るのだから、やがて調整局面を迎えるだろう。そのとき、NY株価と連動している新興アジア各国の株価も調整されるのは間違いないだろう。
新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。
投稿更新日:2014年09月25日
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