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子を持つ親なら、自分の子供にどんな教育を受けさせるかが、大きな関心事である。教育が人間をつくる。子供の将来を決めるからだ。このことをもっともわきまえているのが、中国人である。中国人ママの教育熱心ぶりは、アメリカでは「ターガーマム」と言われ、日本の教育ママのレベルをはるかに超えている。
そんなタイガーマムと子供たちが、いまアジア各地にあるインターナショナルスクール(この後、インターと略)に殺到している。
タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピンなどの東南アジア諸国から日本、韓国に至るまで、インターは各国にあるが、そこにいま、中国本土から留学移住してくる中国人子女が激増している。
タイにもマレーシアにも100校を超えるインターがある。フィリピンとベトナムはタイやマレーシアほど多くないが、それでも日本よりは多い。シンガポールも人口比からいえば、数多くのインターがあり、教育レベルはアジアではトップクラスである。そのどこにも、現在、必ず中国人留学生がいて、有名校によっては学生の3分の1を占めるまでになっている。
例えば、タイで海外からの留学生といえばそのほぼ半数が中国人で、その数はこの10年間で倍増して、コロナ禍前の2019年には1万2000人を超えた。そして、2020年以降はさらに増えている。
昨年、香港紙が掲載したインターの特集記事には、タイのインターの学費は年間4万元から8万元(80万円〜160万円)と、上海のインターに比べると安くて手頃なため、中流以上の家庭にとっては、子供もインター留学は滞在費を含めても「ベストな選択肢」だという。
もちろん、東南アジア圏のインターを選択するには、学費の安さ以上に大きな目的がある。それは、欧米の大学への留学への道が開けているということだ。
インターでは共通言語が英語であり、IB(国際バカロレア)、GCSE(国際中等普通教育証明書)などのプログラムに基づいた教育が行われている。これらのプログラムよる単位取得は、欧米の大学への進学にとっては欠かせないものだからだ。
欧米の大学進学の先には、卒業後に子供が国際人材として羽ばたく未来が描ける。さらに、留学先、仕事先の国での永住権、市民権の取得まで視野に入る。
アジア圏のインター留学はかつて日本でもブームになったが、その理由も同じである。私が『資産フライト』(文春新書)を書いた2011年ごろは、マレーシアのジョホールバルにできたインター、マルボロカレッジに「母子留学」する日本人ファミリーが多かった。しかし、いまや日本人ファミリーは減り、中国人ファミリーがとって代わっている。
クアラルンプールにある「IGBインターナショナルスクール」は名門インターの一つで、IBプログラムにより、キンダー(幼稚園)からハイスクール(高校)まで一貫教育を行なっている。ここに、キンダーから子供を留学させ、移住してくる中国人ファミリーが多い。そんなファミリーの1人の母親が、香港紙のインタビューにこう答えている。
「自分の子供には、小学校の早い段階からの激しい進学競争を経験させたくなかったのです。上海の多くの中国人は、子供のためには国を離れたいと考えています。マレーシアは中国から地理的に近いし、費用も手頃なので選んだのです」
上海に限らず、北京、天津、南京、広州などでは、中流以上の家庭にインター留学を斡旋するエージェントがある。彼らが言うのは、最近の中国人は、アメリカ、カナダ、オーストラリア、英国といった国々だけではなく、近隣アジア諸国も子供の留学の対象とする傾向が強まっているという。
あるエージェントは、こう言う。
「米中対立が強くなっているため、アメリカの大学では増えすぎた中国人留学生を絞るようになってきています。そのため、アジア圏のインターにまず行かせ、その後、向こうに進学という方法を取るようになったのです」
アジア諸国のインターに中国人が激増するようになったのには、もう一つの大きな理由がある。それは、コロナ禍の渦中で習近平政権が進めた「鎖国」(ロックダウン)および「教育改革」である。
中国の大都市にはどこにもインターがある。アメリカや英国の学校法人が中国に進出して開校されたインターも数多い。その一つ、中国国内に英国のパブリックスクール「ダリッジ・カレッジ」の提携校9校を運営するエデュケーション・イン・モーション(EIM)は、最近、中国事業の縮小・売却を進めていることが明らかになった。
これは、米中新冷戦とコロナ禍によるロックダウンを契機にして、中国から引き上げる欧米資本が続出したからだ。欧米人が去ったため、中国国内のインターでは生徒数が激減してしまった。
こうした状況に輪をかけたのが習近平指導部が始めた教育改革で、当局は2021年から子供に対する個別指導ビジネスの規制を強化した。いわゆる、進学塾、補習塾の廃止である。と同時に、私立学校人による民間教育も規制し、英語教育を削減、自前の愛国教育をカリキュラムに取り入れるように指導した。この規制をインターも受けるにようになった。
生徒数が減り、さらに英語での教育が減り、そのうえ毛沢東思想や習近平思想の教育まで行われるとなると、インターの価値はなくなってしまう。
中国は2024年1月1日、「愛国主義教育法」を施行した。習近平は「学校教育の全プロセスで愛国主義を徹底する」と強調した。中国で言う「愛国」とは「愛党」のこと(共産党を愛すること)である。
これにより、小学校から「毛沢東思想」「中国共産党史」が教えられることになり、大学では入学試験に英語を外すところも出てきた。まさに、愛国鎖国である。これでは、インター留学でなくとも、富裕層、中流上層の家庭は、この国を逃げ出す。
日本のインターでも、中国人の生徒が増えている。私の娘は横浜のインターの卒業生だが、昔はクラスにほとんどいなかった中国人の生徒が、いまでは必ずいるようになったという。そんな中、メディアで大きな話題になったのが、2022年8月、岩手県八幡平市に、日本初の英国式全寮制の『ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン』というインターが開校したことだ。
北国のスキーリゾートがある高原に、針葉樹に囲まれて建つ英国式の校舎。全寮制で年間900万円という学費(寮費込み)。英国の名門私立校グループ「ザ・ナイン」の一角をなし、ウィンストン・チャーチル元英首相やジャワハルラール・ネルー初代インド首相など、世界的な指導者を輩出したことでも知られる伝統校。そんな学校がなぜ日本にできたのか、どんな子供達が入学したのかと、開校には多くのメディアが集まった。
しかし、このインターは日本人のための学校ではない。入学生の半数は日本人だが、半数は中国からの留学生なのである。
「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン」の運営会社は香港籍で、中国資本。中国とアジア各国で、英国の名門学校の看板を借りて教育ビジネスを行っている。つまり、中国人富裕層、中流上層の子弟のためにつくったインターである。
同校に子供を通わせている中国人ファミリーとコンタクトが取れたので、その理由を聞いてみたところ、次のような答えが返ってきた。
「北京のインターは、年間学費が日本円にしたら500〜600万円はします。それと比べたら、安比ジャパンは、寮費、食費すべて入れて900万円ですから割安です。しかも教育の質も高い。それに、日本は近いし、すぐに子供会いに行けます。もし、英国のボーディングスクールに入れたら、なかなか会いに行けないし、費用ももっとかかります」
ここで、ひと言付け加えておくと、八幡平市はこの学校設立に当たって1億6,400万円の補助金を出している。
このままいくと、アジア各国にあるインターが、中国人の生徒だらけになってしまうかもしれない。
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※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。
投稿更新日:2024年02月27日
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