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【新興ASIAウォッチ/第108回】スリランカはなぜ国家破産したのか?

大統領公邸に押しかけたデモ隊

かつて「セイロン」と呼ばれ、緑豊かなインド洋の島国スリランカが7月5日に国家破産し、いまも大混乱が続いている。いつかこうなるだろうとは予想されたが、それは突然にやって来た。すでに、この事態を招いたゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は国外逃亡して、辞任を表明。その後を引き継いだラニル・ウィクラマシンハ新大統領は、混乱を収められないでいる。

ウィクラマシンハ新大統領は、ラジャパクサ前大統領とその一族の盟友で、今年5月に首相に任命されたばかり。議会で国民の団結を訴えたが、国民がついて来るかどうかはまったくわからない。それほど、国民のラジャパクサ一族と、その取り巻きに対する怒りは強い。

スリランカではここ数カ月、経済危機による混乱が続いていた。それがピークに達したのが、7月初旬のこと。首都コロンボで発生した抗議デモは、10万人規模に膨れ上がり、警備網を突破して大統領公邸に乱入した。ネット動画を通して、彼らが建物内のプールで泳いだり、室内を荒らしたりしている光景を見た人も多いと思う。

シンハラ人とタミル人の長期内戦

スリランカは1948年にイギリスから独立した。人口は約2,200万人で、その99%をシンハラ人、タミル人、イスラム教徒(ムーア人など)の3つの民族が占めている。この3民族は仲が悪く、とくにシンハラ人とタミル人は、長年にわたって内戦を繰り広げてきた。

それを収束させたのが、2009年に多数派のシンハラ人のマヒンダ・ラジャパクサ首相(当時)で、彼は一躍スリランカの英雄となった。その弟のゴトバヤ・ラジャパクサは、国防相を務めた後に大統領となった。つまり、今回の国家破産に至るまでの13年間、ラジャパクサ一族が、スリランカの国家権力を握ってきたのである。

ラジャパクサ一族が政権を奪取できたのは、中国の援助のおかげである。当時、スリランカ政府軍は、タミル人の反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」と戦っていて、中国政府は政府軍側に大量の武器支援を行った。その結果、中国に借りができたラジャパクサ政権は、その後、当然のように中国に取り込まれていった。

中国の「債務の罠」で港も空港も失う

日本では、今回のスリランカの国家破産を、中国の「債務の罠」にハマったとする見方が一般化している。たしかにラジャパクサ政権は、とんでもない腐敗政権で、中国に多額の借金をしてはインフラ整備を行い、そのカネの一部を懐に入れてきた。「一帯一路」を掲げる中国は、ラジャパクサ政権にはいくらでも援助をした。スリランカは、海のシルクロードの重要な拠点だからだ。

こうして、ラジャパクサ一族の地元の南部に、国際港と国際空港が建設された。もうすっかり有名になったハンバントタ港とラジャパクサ国際空港である。しかし、この二つのインフラは、まったく必要のないものだった。そこに需要などなかったからだ。

ハンバントタ港には国際船舶はほとんど寄港せず、ラジャパクサ国際空港に至っては、国際便が1便も飛んでいない世界唯一の国際空港になってしまったのである。当然だが、スリランカは中国への借金返済ができなくなり、港も空港も中国に借金のカタとして取り上げられてしまった。

中国の借金だけが原因とは言えない

この経緯から、日本では前記したように、スリランカが中国の「債務の罠」にはまったという見方が強い。しかし、スリランカの国家債務を見ると、中国の債務は債務全体の1割程度に過ぎない。スリランカは、中国ばかりか世界中から借金を重ねてきたのだ。

しかも、貸主の中国は、スリランカに破綻された場合の方が困る。実際、中国政府はこれまで支え続けてきたラジャパクサ政権の崩壊を望んではいなかった。

スリランカは、外貨建て債務を約264億ドル抱えていたが、それらの借り入れ先はアメリカをはじめ多岐にわたっていた。もちろん、日本も大口の借り入れ先だった。

腐敗政権というのは、それが可能ならどこの国からも借金をする。そして、いずれ返せなくなって崩壊する。世界の多くの途上国で専制体制にある国では、同じようなことが繰り返し起こっている。つまり、スリランカの国家破産は、中国の借金だけが原因とは言えないのだ。

破綻の本当の原因は「農業崩壊」

それでは、なぜスリランカは国家破産したのだろうか?世界から借りまくった借金が返せなくなったのだろうか?
その直接的な原因は、今年になって大幅な物価上昇に見舞われ、食料もガソリンも買うカネがなくなり、外貨も底をついてしまったからだ。

ここ2、3年、スリランカにとって、いや世界にとって、悪いことばかりが起こってきた。まずは、新型コロナのパンデミック。年々大規模になる気候変動による災害。そして、今年になってからはウクライナ戦争が起こり、エネルギー不足が世界中に広がった。こんなことが立て続けに起これば、スリランカでもなくとも国家破産する国が出てきてもおかしくはない。

ただし、これらは外的要因であり、じつはスリランカには国家破産を招いた大きな内的要因があった。それは、スリランカの主力産業である農業が崩壊してしまったことだ。スリランカはこれまで農業生産物、主にコメやお茶で外貨を稼いできた。それが、ラジャパクサ政権のとんでもない政策により行き詰まってしまったのだ。

ラジャパクサ政権というのは、腐敗政権であるばかりか、現実無視の“夢想政権”でもあった。ラジャパクサ大統領は、オーガニックにのめり込み、化学肥料を禁止してしまったのである。

なんと化学肥料を全面禁止に!

いまやオーガニックは世界のトレンドで、化学肥料を使わない「有機農業」がブームになっている。この有機農業を促進させているのが、地球温暖化防止のためのカーボンニュートラル政策である。というのは、化学肥料の主成分の窒素は、二酸化炭素と同じように温暖化を促進させるからだ。

そのため、ラジャパクサ政権は化学肥料の使用を制限し、2021年4月にはなんと全面禁止にしてしまったのである。これにより、作物の収穫量は激減し、主要農産物の輸出が大幅に落ち込んだ。もちろん、貿易収支は一気に大赤字になってしまった。

スリランカの人口の約7割が農業従事者で、スリランカは農業国である。その農業を支えているのが、世界的に有名なお茶(紅茶)とコメ、トウモロコシである。さらに、輸出の主力商品としては、ゴム、コショウなどが挙げられる。これらの農産物の生産にとって、化学肥料は欠かせない。いくらオーガニックが重要とはいえ、化学肥料なしではいまの農業は成立しない。

カーボンニュートラルは、現時点では、あくまでも理想にすぎない。斬新的に進めていくべきものだ。しかし、ラジャパクサ政権は、これを農業で強行した。

追い討ちをかけた観光産業の壊滅

国連によると、スリランカの2021〜2022年度の農業生産量は、前年度からほぼ半減した。このダメージは計りしれず、このことが国家破産の直接の引き金を引いたと言っても過言ではない。

新政権になって、「化学肥料禁止法」は廃止された。しかし、一度失われた農産物の生産はすぐには回復しない。化学肥料が使えなかった今年は、コメはじめとする農作物の生育が遅く、このままでは食料危機が深刻化し、餓死者も出るのではと懸念されている。

この惨状に追い打ちをかけているのが、コロナ禍による観光客の激減だ。スリランカには、世界的にも有名なシギリヤロック 、ダンブッラ石窟寺院など 8つの世界遺産がある。そのため、毎年、多くの観光客が訪れる。観光産業は、スリランカの主要産業であり、直接雇用・間接雇用を含め、約39万人の雇用を生んでいる。これはスリランカの国内雇用全体のうち4.6%を占めている。農業とともに観光業まで失われたことで、スリランカの危機は決定的になった。

また、スリランカはアジアのほかの途上国と同じように、出稼ぎ労働者の輸出国でもある。海外に出た労働者からの仕送りも、コロナ禍で大きく失われた。

スリランカは日本独立の大恩人

はたして、今後、スリランカはどうなるのか?
言えることはただ一つ。今後、IMFをはじめとする国際機関、各国からの援助がないと立ち直れないということだ。そこで、最後に言いたいのは、日本はスリランカに積極的に援助すべきということだ。なぜなら、歴史をさかのぼると、スリランカは日本にとっての大恩人だからだ。

数年前、私はこのことを在日スリランカ人の社会学者&タレント、にしゃんた氏の記事によって知った。その記事は、1951年のサンフランシスコ講和条約の会議で、当時のスリランカ初代大統領J.R.ジャヤワルダナ氏が、日本の真の自由と独立の支持を訴える名演説をしたことが述べられていた。当時、ニュースウィーク誌はジャヤワルダナ氏を「会場の花形」と讃え、タイム誌は「最も有能なアジアの代弁者」と絶賛した。

ジャヤワルダナ氏の名演説は、欧米の戦勝国を動かし、日本に対する寛大な処置を引き出した。日本が再独立できたのは、ジャヤワルダナ氏のおかげと言ってもいいのだ。ジャヤワルダナ氏は、大変な親日家で、戦後、何度も日本を訪れ、多くの政治家、皇族と交流し、日本の素晴らしさを世界に訴えた。広島原爆記念館を訪れて献花し、祈りも捧げている。

ジャヤワルダナは究極の平和主義者であったという。彼の思想の根本には仏教があり、サンフランシスコ講和会議の演説の中では、日本擁護のために、次のようなブッダの言葉を引用している。
「人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる。人は憎しみによっては憎しみを越えられない」(Hatred ceases not by hatred but by love.)

新興ASIAウォッチ/著者:山田順

新興アジアとは、ASEAN諸国にバングラディシュとインドを加えた地域。現在、世界でもっとも発展している地域で、2050年には世界の中心になっている可能性があります。そんな希望あふれる地域の最新情報、話題を伝えていきます。
※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。

山田順(やまだ じゅん)

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。

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投稿更新日:2022年08月01日


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