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急に台北(台湾)に行く用ができて、それならいま話題のレストラン「RAW」(ロウ)に行ってみようとネットで予約を入れたところ、案の定、まったく予約ができない。「台北でもっとも予約が取れないレストラン」という噂は本当だった。そこでそれとなく知人に聞いてみたら、「2週間前からしか予約を受け付けず、アクセスしても早い者勝ちだからほぼ無理。私のコネでは予約は取れない」とのことで断念した。
それにしても、「ROW」をはじめとして、いまアジア(日本を含めて)のレストランシーンは、世界の最先端を行くようになった。レストランガイドと言えば『ミシュラン』が有名だが、10年前はアジアでは日本だけ(東京版、京都・大阪版など)だった。それが、いまでは、香港・マカオ版、上海版、ソウル版まである。そして、ここ2年で、バンコク版、シンガポール版、台北版が加わった。
『ミシュラン』は、じつに商魂たくましいと言わざるをえないが、ここまで拡大を続けると、調査方法、選考などに疑問があり、あまり参考にならない。というのは、評価が旧態依然としていて、現代のレストランシーンの変化についていけていないように思えるからだ。
それを感じさせるのが、2018年3月に刊行された「台北版」で、前記した「ROW」は1つ星を得ているものの、それほど評価が高くないからだ。しかし、その人気は圧倒的である。現在、台北では「RAW」「MUME」「Roots Creative」という3つのレストランが、世界中からフーディーズを集めている。この3店の特徴は、カジュアルでありながら、地元台湾の多彩な食材を使い、モダンで新しい感覚の料理を提供していることだ。つまり、常に「イノベーティブ」であり続けることが、人気を呼んでいる。
とくに「ROW」は、台湾出身でシンガポールで大成功したアンドレ・チャンが開いた店である。アンドレ・チャンは2011年に自身の名を冠したフランス料理店「Andre」(アンドレ)を開くや、『ニューヨークタイムズ』に絶賛された。なんと、「飛行機に乗ってでも行く価値のある世界の10軒のレストラン」に選ばれたのである。つまり、アンドレ・チャンは、台湾に凱旋帰国したと言っていい。これでは、予約が取れなくて当然だろう。
いまや、シンガポール、バンコク、クアラルンプール、マニラなどの東南アジアの大都市では、新感覚のモダン・キュイジーヌが人気を呼んでいる。とくにシンガポールは、ここ10年で、美食国家として急成長した。10年ほど前、私はシンガポールで当時デンプシーヒルにあった「Tippling Club」(ティップリングクラブ)という店で、初めて分子料理を食べて驚いたものだ。
分子料理というのは、まさにモダンの典型で、スペインのレストラン「El Bulli」(エル・ブリ)を世界一の人気レストランにした革命的な料理法だ。食材を分子レベルで捉え、瞬間スモークや真空調理など、まるで科学実験のような方法で調理していく。まさに、驚きと刺激に圧倒される品々が次々に出てくる。この分子料理によって、オーナーシェフのフェラン・アドリアは世界一有名なスターシェフになった。(ちなみに「El Bulli」は現在閉店中である)
「Tippling Club」のオーナーシェフのライアン・クリフは、アジアで初めて分子料理を成功させて、一躍、スターシェフになった。しかし、『ミシュラン』のシンガポール版(2018年)には、「Tippling Club」は入っていない。シンガポールで唯一3つ星を獲得していたのは、スターシェフの元祖とも言えるジュエル・ロブションが開いた「Joel Robuchon」だが、現在、移転休業のため2018年版ではランキングされていない。2つ星だった「Andre」も閉店したため、ランキングから外れた。そのため、『ミシュラン』シンガポール版では、2つ星が最高ランクで、現在5店が入っている。 しかし、「Joel Robuchon」のように、世界どこでも星を獲得する旧世代レストランに代わって、現代フーディーズが好むイノベーティブな店は数多い。
このような状況を見れば、最近の世界の食のトレンドを牽引しているのは、『ミシュラン』ではないことがわかるだろう。例えば、私は最近よくニューヨークに行くが、伝統的な3つ星の「Le Bernardin」(ル・ベルナダン)や「Eleven Madison Park」(イレブン・マディソン・パーク)などより、2つ星の「Atera」(アテラ)の方が、はるかに楽しめる革新的な料理を出す。それもそのはず、シェフのロニー・エンボルグは、「El Bulli」の経験者だ。全18品の小皿のフルコースは、アイデアに満ちていて、けっして飽きさせない。
現在、スターシェフによってつくられるイノベーティブなモダン料理のガイドとして最適なのは、『ミシュラン』より『The World’s 50 Best Restaurants』(世界のベストレストラン50)である。そして、そのアジア版である『Asia’s 50 Best Restaurants』(アジアのベストレストラン50)が、アジアを旅する美食家にとってはか欠かせないガイドではないかと確信する。
『世界のベストレストラン50』は、2002年に始まったアワードで、これによって「El Bulli」やコペンハーゲンの「NOMA」(ノーマ)は、世界一のレストンランになった。このアジア版が2013年から始まった『アジアのベストレストラン50』で、毎年1回開かれる大会には、アジア中のスターシェフ集まり大盛況である。いまや、食文化はスターシェフとイノベーティブがキーワードで、時代性を反映したレストランが人気を集めるようになったのだ。
それでは、以下、最新版の『アジアのベストレストラン50』(2018年度版)の全リストを紹介してみよう。
順位 | 店名 | 国・都市名 |
---|---|---|
1位 | Gaggan(ガガン) | タイ・バンコク |
2位 | 傳 | 日本・東京 |
3位 | Florilege(フロリレージュ) | 日本・東京 |
4位 | Sühring(ズーリング) | タイ・バンコク |
5位 | Odette(オデット) | シンガポール |
6位 | NARISAWA | 日本・東京 |
7位 | Amber(アンバー) | 中国・香港 |
8位 | Ultraviolet by Paul Pairet(ウルトラバイオレット・バイ・ポール・ペレ) | 中国・上海 |
9位 | 日本料理 龍吟 | 日本・東京 |
10位 | Nahm(ナーム) | タイ・バンコク |
11位 | Mingles(ミングルス) | 韓国・ソウル |
12位 | Burnt Ends(バーント・エンズ) | シンガポール |
13位 | 8 1/2 Otto Mezzo Bombana(8 1/2 オット・エ・メッツォ・ボンバーナ) | 中国・香港 |
14位 | Le du(ル・ドゥ) | タイ・バンコク |
15位 | Raw(ロウ) | 台湾・台北 |
16位 | Ta Vie(タビ) | 中国・香港 |
17位 | La Cime(ラ シーム) | 日本・大阪 |
18位 | Mume(ムメ) | 台湾・台北 |
19位 | Indian Accent(インディアン・アクセント) | インド・ニューデリー |
20位 | L‘Effervescence(レフェルヴェソンス) | 日本・東京 |
21位 | Locavore(ロカフォーレ) | インドネシア・バリ |
22位 | 大班樓 The Chairman(ザ・チェアマン) | 中国・香港 |
23位 | Waku Ghin(ワク・ギン) | シンガポール |
24位 | 龍景軒(ロン・キン・ヒン) | 中国・香港 |
25位 | Ministry of Crab(ミニストリー・オブ・クラブ) | スリランカ・コロンボ |
26位 | Jungsik(ジョンシク) | 韓国・ソウル |
27位 | 鮨さいとう | 日本・東京 |
28位 | Il Ristorante – Luca Fantin(イル・リストランテ ルカ・ファンティン) | 日本・東京 |
29位 | Les Amis(レザミ) | シンガポール |
30位 | 福和慧(フー・フア・フエイ) | 中国・上海 |
31位 | Paste(ペースト) | タイ・バンコク |
32位 | Neighborhood(ネイバーフッド) | 中国・香港 |
33位 | Eat Me(イート・ミー) | タイ・バンコク |
34位 | Hajime | 日本・大阪 |
35位 | Jade Dragon(ジェード・ドラゴン) | 中国・マカオ |
36位 | Corner House(コーナー・ハウス) | シンガポール |
37位 | Bo.Lan(ボラン) | タイ・バンコク |
38位 | Quintessence(カンテサンス) | 日本・東京 |
39位 | Issaya Siamese ClubWaku Ghin(イッサヤ・サイアミーズ・クラブ) | タイ・バンコク |
40位 | Belon(ベロン) | 中国・香港 |
41位 | Ronin(ローニン) | 中国・香港 |
42位 | Toc Toc(トク・トク) | 韓国・ソウル |
43位 | The Dining Room at The House on Sathorn (ザ・ダイニングルーム・アット・ザ・ハウス・オン・サトーン) |
タイ・バンコク |
44位 | Jaan(ジャーン) | シンガポール |
45位 | Nihonbashi(日本橋) | スリランカ・コロンボ |
46位 | Caprice(カプリス) | 中国・香港 |
47位 | Shoun Ryugin(祥雲龍吟) | 台湾・台北 |
48位 | La Masion de la Nature Goh(ラ・メゾン・ドゥ・ラ・ナチュール・ゴウ) | 日本・福岡 |
49位 | Wasabi by Morimoto(ワサビ・バイ・モリモト) | インド・ムンバイ |
50位 | Whitegrass(ホワイトグラス) | シンガポール |
ご覧のように、このリストの第1位は、バンコクの「Gaggan」(ガガン)である。なんと2015年から連続して第1位をキープし、『ミシュラン』でも2星を獲得しているタイNo.1、いや、文字通りアジアNo.1のレストランだ。バンコクにあるからといってタイ料理の店ではない。インド料理、つまり、カレー風味がベースとなった「プログレッシブ・インディアン」である。しかも、分子料理の手法が駆使された、ほかの店ではまったく味わえない料理が出てくる。それもそのはず、オーナーシェフのガガン・アナンドもまた「El Bulli」の経験者だからだ。
第5位のシンガポールの「Odette」(オデット)もまた、イノベーティブなレストランである。なにしろ、ナショナルギャラリー(国立博物館)のなかに店があり、インテリアも食器も最先端モダンで、料理もモダンフレンチ。料理を味合うに行くというより、モダン・キュイジーヌを体験するという店である。
第25位のコロンボの「Ministry of Crab」(ミニストリー・オブ・クラブ)は、チリクラブの専門店。なかでも、地元のマッドクラブというカニを使った料理は絶品で、わざわざ海外から予約を入れて食べてに来るフーディーズもいる。オーナーシェフのダルシャン・ムニダーサは、なんと日本人とのハーフで、第45位にランクインしたコロンボの日本料理店『日本橋』も経営している。
さて、『アジアのベストレストラン50』を見て特筆すべきは、日本のレストランが11店もランクインしていることだ。『ミシュラン』でも星獲得店が最多なように、日本はいまや世界一の美食国家であり、多くのスターシェフを輩出している。
第2位「傳」(東京・神宮前)の長谷川在佑シェフ、第3位「フロリレージュ」(東京・神宮前)の川手寛康シェフ、第6位「NARISAWA」(東京・南青山)の成澤由浩シェフ、第9位「日本料理 龍吟」(東京・日比谷)の山本征治シェフなどの名は、アジアはもとより世界中の美食家で、その名を知らない人はいないだろう。ところで、第23位のシンガポールの「Waku Ghin」(ワク・ギン)は、日本からオーストラリアに渡って「Tethuya’s」で成功した和久田哲也シェフが、シンガポールのマリーナベイサンズ内に開いたレストランである。
日本人としては、このように日本からスターシェフがどんどん誕生し、アジアのレストランシーンを牽引しているのを見ることは、本当に嬉しいことだ。アジアを旅したら、ここで紹介した店にぜひ足を運んでほしい。いまの「食」は、まさに時代そのものを体験させてくれる。
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※本コンテンツ「新興ASIAウォッチ」は弊社Webサイト用に特別寄稿して頂いたものとなります。
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社ペーパーバックス』を創刊し、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースを手掛けている。
著書にベストセラーとなった「資産フライト」、「出版・新聞 絶望未来」などがある。
投稿更新日:2018年12月26日
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